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いろは匂ひて散りゆくを
~秘めやかなお妃指南~
依田ザクロ イラスト/氷堂れん
帝への入内を控えた十二歳の薫子は、稲荷神社へ参ったところ、狐の面を被った謎の青年にさらわれ、唇を奪われてしまう。無事に戻れたものの、疵物にされたと父に誤解され、入内もなしに。だが数年後、なぜか薫子は幼い東宮の添臥に選ばれた。東宮の元服まではまだ時間があるため、薫子には指南役がつく。現れた指南役は女性ではなく、いつかの狐と似た香を漂わせる美貌の青年。本当は男など知らない、薫子の無垢な身体は、彼に優しく暴かれて…? 配信日:2018年9月28日 


「私が来ても、なにもおかしくはありませんよ。私は右大臣どのとともに弟宮をもりたてる立場ですから」
「はい。けれど、指南役の方は女性だとばかり」
 たとえば実際に誰かの添臥をつとめた経験のある女官がやってくるのでは、と勝手に考えていた。
「女性? ふ、……女性からなにを教わるつもりだったのですか? あなたが学ぶのは閨の作法でしょう」
 なぜか笑われてしまう。おもしろいことなんか言っていないのに。
 薫子は顔をあげた。少しむくれて真面目に答える。
「手順や心構えを教えていただきます。経験者の方ならきっといろいろなお話をしてくださるはずですもの」
 ……っ。
 言い終えてから、しまったと口を押さえた。言葉が過ぎた。
 上品な姫君ならば、目を伏せ「はい」とだけ返すところに違いない。
 しかし、相手はあきれるどころかうれしそうにほほえんだ。
 なぜだか不明だが、こちらの態度を肯定的に受け止めてくれたらしい。
「なるほど。おっしゃるとおりです。ですが――」
 袖をつかまれた、と思ったら体ごと引き寄せられる。
 あっという間のできごとだった。
「手順ならばこうして実地で教わる方が早いのではないですか?」
 肩と肩が密着し、魅惑的な香りに包まれる。
 とっさに五年前を思い出して体がこわばった。
「やっ」
 胡蝶の宮は薫子を抱きしめたまま、緊張をほぐすように頭をなではじめた。
「大丈夫。今日はたしかめるだけですよ」
「たし……かめる?」
「あなたが添臥としてきちんとお役目を果たせるのかどうか」
「!」
 必ずやり遂げると決めた。
 ならば、どんなことでも受け入れる。
 薫子は肩の力を抜こうとつとめた。
 大きいながらも繊細で美しい手が、ゆっくりと丁寧に薫子の髪をすく。こちらを害そうとする気配などみじんもなかった。
 それどころか、やさしささえ感じる。
 頭をなでられるのって、気持ちがいいものなのね……?
 父からも教育係からもされたことがない。他者から無条件に慈しまれるのははじめてだった。
 自然とまぶたが落ちてくる。まどろみに落ちていく瞬間の恍惚に近い。
 力が抜けきったところで、頭のてっぺんに彼の唇が落ちてきた。
「っ」
 眠気は一気に吹き飛んだ。
「よく手入れの行き届いたなめらかな髪」
 思わずびくりと反応してしまったが、追いかけてきた彼の言葉に動きを止める。
 これはきっと、体に欠陥がないかたしかめる取り調べの一環なのだ。
 彼は薫子の頬にかかる下がり端を耳へかけた。父にさえ見せたことのない耳たぶがあらわになる。
「きれいな形をしていますね」
 空気がふれただけでこそばゆいそこへ、唇を押しつけられた。じんわりとした熱が内側にしみ込んでくる。
「ん……っ」
「かわいらしい声。いいですよ、もっと啼かせたくなります。ここも、餅みたいにやわらかくて食べてしまいたい」
 彼は唇で耳たぶを甘嚙みしながら、鼻先を耳裏へすり寄せた。
「ふっ、……は」
 背中がぞくぞくする。
 彼の唇は首筋をじっくりと時間をかけておりていった。
 低くて甘い声が皮膚を舐めるように響く。
「すんなりと白い首筋も肩も、なにもかもが華奢で可憐です」
 彼は薫子の背後にまわり、後ろから抱きかかえるように腕を交差させて肩から二の腕をなでてきた。
 動揺してはいけない。
 じっと耐えていると、うなじのあたりから忍び笑いがした。
「今日は借りてきた猫のようにおとなしいのですね」
 まるで普段の薫子がじゃじゃ馬だと言いたげだ。
 さっきはとっさに言い返してしまったが、焦っていたせいだ。いつもはそこまでひどくない。
 薫子は軽い非難をこめ、横目で彼を見た。
 すると、再び満足げな表情をされた。
「その顔。もっと見せて。あなたらしさをさらけ出してください」
 さらけ出す?
 ぎくりとした。
 私、今どんな顔をしてしまった?
 いかなるときも涼しげで、感情をあらわにしないのが高貴な姫君だ。
 また、失敗――。
 眉をひそめてうつむく。
 すると、胡蝶の宮は薫子の髪をすくい、うなじにくちづけてきた。
「なぜ隠してしまうのですか? 頬を赤く染めたあなたはとてもすてきです。もっと見つめていたいけれど……、恥ずかしいのなら仕方ありませんね」
 唇で皮膚を小さく吸いあげながら、彼の右手は唐衣をとり、左手は裳の腰紐をほどいていく。
 表着と五つ衣の胸の合わせから、手が中へ入り込んできた。
 肌着である単の上から胸のふくらみを探り当てられる。
「あ……っ、やぁ……っ」
「体は華奢なのに、こちらはずいぶん豊かにお育ちですね」
 衣ごしとはいえ、薄い絹一枚では直にさわられたみたいな感触がする。
 肉感的な乳房が男の手の内でぐにぐにともみこまれた。
 目の前で行われる奇行は、とても直視できないほど卑猥だった。
 薫子は真っ赤になった顔を袖で隠そうとする。しかし、肘までおろされた唐衣が邪魔をして腕があがらない。おまけに胡蝶の宮に背後から抱きしめられている。好ましく思っていた彼の香りは体温の上昇にともなっていっそう深みを増していた。
「は……、い、いや……」
 息があがる。
 じっとしていなくてはいけないと思いつつも、自然と腰がよじれた。
「痛いですか?」
 気遣わしげな声が耳朶に直接ふきこまれる。いっそう熱があがった気がした。
 薫子はたよりなく首をふる。
「いいえ、痛くはありません……」
「では、どんな感じです?」
 訊かれても困る。
 体が内側から燻されていくみたいなこの熱を、どう言葉に乗せたらいいのか。
「ゆくへも知らぬ いろは道かな。
 われにな問ひそ」
 経験のない薫子にはわからない。どうか訊かないで、と息も絶え絶えに訴える。
 胡蝶の宮は和歌での答えに満足したらしかった。
 感心したため息をもらす。
「なるほど。私たちの関係は、これからどうなってしまうのかわかりませんね」
 薫子の告げたもとの歌は「ゆくへも知らぬ 恋の道」だというのを理解したうえで、彼は冗談めかして自分たちを恋人となぞらえる。
 さらに、艶を含んだ声で返歌をよこした。
「恋ひ恋ひて 逢へるときだに うるはしき
 言尽してよ 長くと思はば。
 私には全部聞かせてください。さあ、どう感じていらっしゃるのか」
 胡蝶の宮が持ち出した古歌は、長年恋し続けた相手に愛を乞う内容だ。
 単に薫子の感想を引きだしたいにしては、行きすぎ感がある。
 しかし、彼は背後からこちらをのぞきこみ、まるで本当に深く恋い焦がれていたかのような熱を帯びたまなざしを向けてきた。
 胸の奥がきゅっと痺れる。
 羞恥とは別のなにかが芽生えた。
 彼は六枚の衣をまとめて引き下げ、さらに単を割り開いてきた。白い乳房がみずみずしくふるえてこぼれ出る。燈台の細い明かりに照らし出され、なまめかしい光を帯びた。
「あ、あ、……いや」
 身をよじると重ねた衣が絡まって、食虫花にとらわれた虫のごとく身動きがとれなくなった。
 下半身を禁じられ、耳からうなじ、鎖骨と胸を露出させた半裸の姿はひどく扇情的だった。
 彼が背後にいることだけが救いだ。正面から顔と顔を突き合わせていたら、もっといたたまれなかっただろう。
 彼はむきだしの乳房をなでるようにさわりはじめた。
「張りがあって吸いつくような肌ですね。雪みたいに真っ白でやわらかい。でもここは赤く色づいてこりこりしていますよ」
 桜色の先端を人差し指がかすめる。
「んぁっ」
 得体の知らないなにかが背筋を駆けあがった。
「どうしました?」
「な、なにも……」
「でも、かわいらしい声があがりましたよ?」
 胡蝶の宮はふたつの蕾を同時にきゅっとつまんでくる。
「……ふ、ぁ……っ」
 唇を引き結んでも、悩ましい吐息がもれてしまう。
 いじられているのは胸なのに、なぜか下腹部がうずいた。
「ほら、どんな感じですか。口でちゃんと答えてください」
 彼は右手で乳首をもてあそびながら、左手の親指で薫子の唇をなぞった。こじ開けるようにゆっくりと口中に指を進入させてくる。
「……っ、っ」
 縮こまる舌をなでつけるみたいに表面をこすってくる。息があがり、脈がどんどん乱れていく。
 言葉がつげなくてかぶりを振る。意図がわかったのか、彼はようやく指を引き抜いてくれた。
「教えてくれる気になりましたか? でないとここから先へ進めませんよ」
 唾液で濡れた指を見せびらかすように薫子の目前へさらしてから、その指でふたたび胸の先端をつつく。淫らな水音が立った。
 とろりと湿った指先が乳首を転がす。
 はじめよりも赤く染まった蕾はてらてらと濡れて、いっそうしこっていく。薫子は背筋をそらせて刺激を逃がそうとするが、そのたび乳房が卑猥に揺れる。視覚的にも耐えきれなくなり、とうとう音をあげた。
「あ……、ゃあっ、へん、なの……っ、体の中が、じくじくして、止められないんです、ぁあ、……っ」
「へんではありません。感じているのですよ」
「感じ……て?」
「そう。素直に言ってごらんなさい。『気持ちいい』と。楽になれますよ」
 本当に?
 このそわそわする感覚から逃れられる?
 薫子は思わず唇を開きそうになる。
 だけど、
「やぁ……っ」
 言葉の意味に気づいて青ざめる。
 誰にも見せたことのない乳房をさらけだし、大きな手でもまれ、先端を淫靡にこねくりまわされて――気持ちがいいなんて。
 そんなわけないわ。
 ぎゅっと目を閉じ、下腹の底からせりあがってくる欲求に蓋をする。
 彼はいっこうに望んだとおり答えない薫子に焦れたらしく、親指と人差し指で乳首をひねりあげた。
「ひゃぁ……っん」
 腰がびくびくとはねてしまう。
 だけど、言えない。そんなはしたないこと。