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星屑姫と口説き魔王子

しらせはる イラスト/春乃えり
宮廷魔女のキャロルは、仲良しの姫君たちから、婚約者候補の王子を見てきてほしいと頼まれる。だが、魔法を失敗し空から落ちてきたキャロルに王子が一目惚れ! 以来、熱く甘く口説かれて…? 発売日:2013年6月4日 


「す、すみません。お怪我は、ありませんか」
「……きみこそ」
 青年は痛みに顔をしかめつつ、笑顔でキャロルに手を伸ばした。
(なんだか……熱い?)
 ずいぶんと火照った手だったので、どきっとする。
「どこから落っこちてきたの? 船酔いで死にそうな気分だったんだけど、思いきって、外の空気を吸いに出てみてよかったな。きれいな流れ星を見つけて、すてきな姫と恋に落ちることができるようにって祈ってみたら――きみが降ってきた」
 髪を撫でられ、帽子を失くしたままだったことに気がつく。
(あのカラス~~)
 呪ってみてもあとの祭りで、青年がじっと見つめてくる瞳から逃れられなくなった。
「銀色だね」
いつもは帽子で隠しているけれど、キャロルの背中を覆う髪は、ゆるく波うつ銀髪だ。
 熱い手は髪から眉、睫毛へと指が滑り、
「長い睫毛……アーモンドみたいなくっきりした目をしているんだね。それに、とても小さな顔だ。きみみたいにきれいなひとを見たことがないよ。ああ、もしかして――ひとじゃあ、ないのかな。星くずの妖精?」
(そんなわけ、ないでしょうに)
 キャロルはただの魔女だ。
 でも、青年があまりにも夢みがちに言うから、否定してやれない。
「ほめるのはやめてください。それよりも、ほんとうに怪我はないの?」
「この場所に出てくるまえは最低の気分だったけれど、いまは心が浮き立っているせいか、どこも苦しくないし、痛くないな。これはきみのおかげ?」
 額がこつんとぶつかり、目を覗きこまれる。
 青年の額も、ほんのり熱かった。やっぱり熱があるのに違いない。だから、うわごとのような妙なことばかり言うのだ。
 キャロルはやや優しい気持ちになった。
「下敷きにしてしまって、ごめんなさい。どなたか存じませんが、助かりました。わたしは妖精ではないけれど、あなたの病気は診てあげられるわ。この船にお部屋があるの? なら、一緒に……」
「一緒に――なにを、しようか?」
(え?)
 視界いっぱいに、青年の美貌が近づいてきた。
あっけにとられたキャロルの口に、かなり熱い唇が重なる。
(むむ?)
 首を傾げると……ぬるく湿ったものが、くすぐるように唇の上を行き来した。
(ええと、これは)
 こそばゆさを我慢しきれなくなった唇に、再びまた、火のような熱が覆いかぶさった。
「うむむっ?」
 キャロルの硬い唇をほぐすようにねっとりと食み、息が苦しくなって開いた隙間から、今度は生きもののようなぬるりとしたものが口のなかに入りこんできた。
「ぷはぁ……んくっ!」
 息が、しづらい。呼吸を深めるたび、生きものはより奥まで潜ってキャロルの歯の裏をなぞったり、舌の裏側をくすぐったりする。
 夜風をはらんで舞いあがる髪を、青年の手が撫でつけた。
 滑らかで熱い指が、地肌に触れ、背中までくすぐるように撫でおろす。
(ぁ……っ)
 人生ではじめての感覚に、ぞくぞくした。
 いったいこれは、なんだろう。いま、なにが起こっているのだろう。
 キャロルは確か、三姫の頼みでタルミッド王国の王子を下見に来たはず。
 なのに、こんなところで……。
「っ……」
 溶けそうだ。口内の熱と、髪に感じる優しさがあいまって、腰が立たなくなってしまう。
(だめ。気持ちが、いい……)
どきどきと、自分の脈を強く感じる。とうとう観念して、目の前のひとの寝間着を強く握りかえすと、青年がふいに顔を離した。
本人も驚いているらしく、息を切らして、
「ごめん。急に、めまいがしてしまって」
「め、めまいだったんですかっ?」
 声が上ずってしまう。相手は申しわけなさそうにこくん、と、うなずいた。白い指で額に浮かんだ汗をぬぐう。
「しょっちゅう、あるんだ。頭がくらっとして、息ができなくなって――だけど、いまは気を失う前に呼吸が楽になった。きみのおかげだろうか」
 口と口をくっつけることに、そんな効果が?
 まだ青年の寝間着をつかんだままだったことに気づいて、キャロルはぱっと手を離した。
「そ、そうなんですか。お役に立てて――よかったです。今度また倒れそうになる前に、お部屋に戻ったほうがいいんじゃないかしら」
「船室は狭くて息苦しくて、きらいだな。それよりも僕はきみに、星くずの世界へ連れて行ってもらいたいよ」
「なにをおっしゃっているのやら」
(熱に浮かされているのかしら?)
 引き気味になるキャロルを追うように、青年は銀の髪に手を滑らせた。
「きみのそばにいるのもなぜか胸苦しいけれど、つらいっていうより甘酸っぱい気持ちだ。これが、恋なのかな? 僕の、星くずの妖精」
「……え?」
頬に指をずらして、輪郭をたどるように撫ぜる。
「こんな気持ちを味わうのは、はじめてだ」