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聖海の巫女 熱砂の王
その左手は処女を濡らす
立夏さとみ イラスト/綺羅かぼす
神に嫁ぐはずだった巫女は、砂漠の国の王に差し出されて…!? 発売日:2012年7月3日 


 そっと耳殻に吹きよせてくる、熱い吐息。
 ひどく甘ったるいそれに、じわりと肌が戦慄く。
「そら、ちゃんと感じておいでだ。では、もっと身体で覚えていただこう」
 初めて触れた男の手が――節の太い、皮膚の厚い、砂漠に生きる民の頑強な指が、ふたつの乳房をわしづかんで、先ほどまでの遊技とは比べものにならない勢いで揉みはじめる。
「……ッ……、あ、あっ……?」
 やわらかな房にめりこんだ指に、上下左右にと揺さぶられて、あっという間に肌はピンクに染まっていく。乳首の先端が、角質化した固い手のひらにこすられるたびに、ぴりぴりと痺れるような感覚が走る。何か……何か変だ。さっき、花芽を弄られたときにも似た奇妙な疼きが、両胸のふたつの粒から湧きあがり、全身へと広がっていく。
「なっ? あ、あっ……」
「まだやわらかい、小さな乳首。立ったことなどないのでしょうね。でも、なんの経験もないからこそ、むしろ敏感だ。そう、男の手を知らぬぶんだけ」
 言いながらナバールは、親指と人さし指で摘んで、くにゅくにゅと乳首の先だけを揉みほぐす。潰したり、抓ったり、爪を立てたり。そのたびごとに、痺れはひどくなっていく。鼓動は早鐘のように、どくどくと身のうちで鳴り響く。
「な、何……これは……?」
「これが快感というのです。では、先ほどわたしがしたように、陰核を弄ってみてください」
 舌先でねっとりとリアナの耳殻を嘗めながら、ナバールが低くささやく。
 邪神の誘惑そのものの要求に、リアナは「えっ……!?」と驚愕に息を呑む。
「ご自分の手で。――ほら、ここですよ」
 ナバールの右手が乳房を離れ、リアナの手をとって、危うい場所へと導いていく。
「で、できません……。それは禁忌です……!」
「今さら禁忌も何も。シャー・ジャリルは、女に自慰をさせて、それを眺めるのがお好きですから、ご自分ですることも覚えませんと。なに、すぐに慣れますよ」
 そこは弄ってはいけない部分だと教えられていたし、湯浴みのときにも、女官たちはやわらかな布を使い、決して直接触れたりはしなかった。とはいえ自分の身体なのだから、触れたことがないわけではない。だが、今、指先に感じるそれは、覚え知った感触とは違う。
 何か芯を持っているようなこれは? とリアナは戸惑う。
 まるでそこから、伝承に語られる淫魔になっていくような気がして、いやいや、と知らずに頭を振っていた。
「いやですか? けれど、反抗するのはあまりお勧めできません。お忘れにならないように。あなたの振る舞いひとつに、ミランディアの存亡がかかっていることを」
「え……?」
 リアナは驚きに振り返る。間近に、夜の闇を映したような冴え冴えとした、黒い瞳。
「あなたが一度『いや』と言うたびに、都を縦横に走る運河で仕切られた一地区ごとに、油を撒いて火を放ってやりましょうか?」
「なっ――…!?」
 三重の城壁に囲まれた扇状都市――千年をかけて美しく磨きあげられてきた都を、ティティス海の花と呼ばれた都を、焼くというのか。海賊のカノン砲は港湾施設を破壊したものの、居住区までは届かず、ほとんどの建物は崩壊を免れたというのに。
「そして、住人は女子供にいたるまで、南方の国のサルターンに売り飛ばしましょう」
 汗ばむほどに火照った肌から、すうっと血の気が引いていく。指先までも、ひんやりと冷たくなっていく。たぶん口先だけの脅しではない。この男は本当にやるだろう。
「もとよりあなたは大神の花嫁。神のものをかすめとるのだ。人の世の街のひとつやふたつ、潰すなど造作もない」
「待って……待ってください! 今のは、口が滑っただけで……」
 リアナは必死に背後の男に希う。民を憂いて、気丈にナバールに向けられる眼差し。その輝きに、冷血をもって名を馳せる男が、ほう? と口の端を上げる。
「さすがティティス神殿の巫女――そのへんの小国の姫とは雲泥の差だ。よくぞわたしの脅しを耳にしてなお、平然と見返せるものだ」
「平然としてなどおりません。けれど、わたしは、ミランディアのために……祖国を守るためにここにいるのですから……!」
 こんな惨めな姿をさらし、巫女として一番大事なものを穢されながら、それでも、自分の身に代えても守ると決めたのだ。ミランディア共和国を。
「ええ、そうでしょうとも。あなたは利口な方だ。状況がおわかりになれば、ちゃんとお務めをこなせるはず。では、お続けなさい。わたしは乳房に専念したいので。――絹のごとき肌、やわらかな肉感。そして、乳首の素直さもまた愛らしい」
 妙な表現に、え? とリアナは胸許に視線を落とす。すでにすっかりナバールの手に馴染み、凝ったふたつの粒と、張りを持った両の房は、つんとすましたように形までも変えている。
 ミランディアを焼くと脅されているあいだも、身体はナバールの愛撫に応えていたのだ。
 これが女というものの性。
 どれほど厭おうとも、刺激に反応する身体。
(これが、わたし……? わたしという、女……?)
 もう巫女ではない。肉欲に目覚めた女なのだと見せつけられる、この残酷。
「さあ。続けましょう。楽しいお勉強を」
 再び卑猥な行為を促され、涙をこらえてリアナは指を蠢かす。
 舷窓の向こう、煌めく群青の空には、すでに夕陽のオレンジが混じっている。昼間の海の青さが鮮やかなだけに、黄昏の色は美しいけれど、物悲しげだ。
 故国と民のためでなければ、命を懸けても拒否しただろう恥辱を耐える。耐えるしかないと、沈痛な思いで続ける行為が、少しずつリアナを快感に目覚めさせていく。
 胸が躍る、肌がさざめく、息が乱れる――この高揚感が本当に大神が下した罰なのか?
 戸惑いながらも、必死に漏れる声をこらえるているのに。
「どんな感じですか? 言ってごらんなさい」
 リアナ自身にも定かにわからない感覚を、ナバールはいちいち言葉にさせようとする。
「あの……神殿の『祈りの間』で、女官たちの目を盗んで……走ったときのような……」
「おや、走ってはいけないのですか?」
「はい……。祈りの間は、神と対話する特別な神域なので……。でも、あそこしか、一人になれる場所が、なくて……」
 いつも誰かがそばにいた。一人にしておくと、何をしでかすかわからないと、女官たちを心配させるほどには、幼いころのリアナはお転婆だったから。
 なのに、いつから走ることをやめたのか。神殿を囲むオレンジの木に登り、青海湾に向かって広がる景色を見渡すことをやめたのか。こっそりと仔猫と戯れるのをやめたのか。
 もう覚えてもいない。今は遠い記憶の中に、おぼろに霞んでいるだけ。
「色々と禁じられていることばかりですね。他に何かなさりたいことは?」
「猫を……飼ってみたいです……」
「動物を飼うのも禁じられていたのですか? 港街に猫はつきものでしょうに」
 海港都市では、船中の鼠を狩るための猫は、もっとも身近な生きものだ。どの家にも一匹はいたのに、リアナにはペットを飼うことすら許されなかった。
「昔……黒猫を見つけて、こっそり餌をやっていたことが、あって。でも……すぐに見つかってしまって……」
「その猫は?」
「……衛兵に、殺されました」
 自分が手を伸ばせば、たとえ猫であろうと、雄というだけで殺される。
 きっと、あのときからだ。望むのをあきらめたのは。リアナにとって自由は、遠くからあこがれて見ていることしかできない、虹のようなもの。決してつかむことはできないもの。
「ジャリールの後宮でなら、走ろうが、猫を飼おうが、誰も文句は言いませんよ」
 耳朶にささやきかける声は、なんと甘く、なんとやさしいことか。
 邪神はこんなにも蠱惑的に、人を堕落への道へ誘うのだ。
 破滅をもたらす唇は、リアナの金髪をかき分けてうなじへとたどりながら、ねっとりと柔肌を吸っていく。ぴりっと悪寒だけではすまない感覚が背筋を走りぬけて、リアナは上体を大きく反らして、喘ぐ。
「……んっ……、ああっ……!」