恋染めし夜の褥
花街艶語
葉月エリカ イラスト/緒田涼歌
「お願い、やめて……」
ともすれば泣き出してしまいそうなのを堪え、蘭華は懸命に懇願した。けれど李凰は間髪いれず「無理だな」と言ってのける。
「覚えとけ。男が一旦こうなったら、そう簡単に欲望を抑えられるもんじゃない」
「いやぁぁっ! 嫌なの、お願い! お願いだからぁっ――……!」
重量感のあるものがぐぅっと侵入してくる感覚に、蘭華はなりふり構わない悲鳴をあげた。
それでも李凰は無慈悲な刑吏のように、黙々と腰を送り続けた。ぬっ、ぬっ――と嵩張った肉の楔が、恐怖に委縮する隘路を無理矢理に押し進んでくる。
「いた……痛いの、抜いて……許してぇ……」
李凰の腕に爪を立て、蘭華は必死に訴えた。
目で見て確かめる勇気はないけれど、強引に押し開かれた場所はひりひりと痛み、大流血を起こしているに違いなかった。一人前の妓女になるどころか、このままではここで殺される。
「怖い……死んじゃう……死にたくない……っ」
「死ぬか、馬鹿」
李凰がはっと喉の奥で笑った。真剣に怯えている蘭華を笑い飛ばすなんて、この男はまるで悪鬼だ。
だが李凰はそこで一旦腰を止め、汗に湿った蘭華の前髪をくしゃりと掻き回した。
「力を抜いてろ。体を緊張させてると余計に痛むから……とりあえず息を吐け」
「え……?」
「吐くんだ。ほら、口開けろ」
李凰の人差し指が唇に触れ、狭間にするりと差し入れられる。
面食らいながらも口を開き、胸につかえた空気をゆっくり吐くと、下腹部の強張りが解け、圧迫感と痛みがわずかに薄れた。
「できただろ」
李凰は蘭華の胸に手を伸ばし、硬くしこった両の蕾を弾いた。
「やぁ、そこっ……!」
「感じられる場所ではしっかり感じとけ」
耳元で囁く唇が、蘭華の耳朶をくちゅりと食んで熱い吐息を注ぎ込む。胸の奥からじわっと謎めいた甘い痺れが生じて、それは李凰を呑み込んだ場所にまで深く響いた。
「中の具合が違ってきたぞ?」
新たに与えられる刺激に、頑なだった膣道が少しずつ綻んでいく。李凰に乳首を転がされ、耳や喉元に唇を這わされるうち、全身の力がすうっと抜けていってしまう。
「いい子だ、蘭華」
まるで子供にするように言って、李凰はひと息に大きく腰を穿った。
ぶつっ――とどこかが破れる激痛が弾け、内臓までも押し上げるように、長大な雄茎が肉洞の奥処に到達する。
「ああぁっ――……!」
蘭華の喉から長い悲鳴が零れ、溢れる涙に視界が滲んだ。
これでもう、自分の処女の証は損なわれた。まっとうな縁談など一生望めず、あとはただ、この苦界にまっさかさまに堕ちていく。
かつてはほのかな恋情を抱いたこともある相手に、心のない淫猥な手ほどきを施されて。
「……動くぞ」
呑み込ませたものの大きさに慣れさせるように、蘭華の腰を撫でさすっていた李凰が、やがてそう囁いた。
体の内で巨大なものがずくっと滑り、蘭華はにわかに動揺した。傷口を抉られるような痛みに耐えきれず、思わず問いかけてしまう。
「これ……こういうことって、いつまでするの……?」
「まぁ普通は、男が女の中に精水を出すまでだな」
「じゃ、じゃあすぐに……中に出してっ……!」
蘭華にしてみれば、この拷問のような時間を少しでも早く終わらせてほしくて言ったことだ。だから李凰が目を丸くし、にやりとした理由がわからない。
「ずいぶんと挑発的なおねだりだな? その分じゃ、精水の意味もわかってなさそうだが……そう簡単に放っちゃ男の名折れってもんだ」
李凰はくつくつと笑いながら、腰をゆるりと引いては突き出し、屹立を抜き差しさせた。
初めはただ苦しく、痛みに耐えていた蘭華だったが、次第に兆し始めた変化に戸惑う。
(っ……なんで……?)
内部で動くものの大きさはさっきから変わっていないと思う。
じんじんとひりつく感触も、まだかすかに残っている。
けれど、それ以外の甘ったるい何かが――李凰の剛直に擦られて生じた漣のような感覚が、決して和らぐことはないと思い込んでいた苦痛を、淡い快楽に塗り替えていった。
「表情が変わったな」
蘭華の反応のうつろいを、李凰は目ざとく捉えて言葉にしてくる。
「痛みが引いたんなら、もう遠慮はなしだ」
「ま、待って……や、ぁああっ!」
蘭華の制止を聞き入れず、李凰が大きく腰を突き上げた。ずんっと重い衝撃が恥骨に響いて、途端にわけがわからなくなる。
「あ、奥、やだ……あぁーっ……!」
抉られ、穿たれ、叩きつけられる結合部から、はしたない水音がにちゃにちゃと響いて、空気を淫靡に染め変えていく。
抵抗のすべもなく犯されながら、蘭華は身も心も焼けつくような屈辱感に打ちのめされた。
(どうして、李凰とこんなこと――)
どうせ純潔を散らされるなら、いっそ名前も知らない行きずりの男に身を委ねたほうがましだったとさえ思う。
女にとっての破瓜の記憶は、良くも悪くも特別だ。
無理強いをされたみじめさの他に、一度は好きだった相手に手ひどく傷つけられた痛みを、自分は一生引きずっていくのだろう。
「う……っ……」
泣き顔なんて見せたくないのに、蘭華の瞳からとうとう涙が零れた。
好き勝手に下半身を揺さぶっていた李凰が、舌打ちとともに吐き捨てる。
「なんだ、今更。妓女になるほうがいいと言ったのはお前だろうが――」
忌々しげに言った李凰は、蘭華の顎を上向かせ、噛みつくように口づけた。
唇を重ねられた蘭華は、濡れた瞳を大きく見開いた。
初めての接吻をされている――李凰に。
蘭華自身のそれよりも薄く、かすかにひやりとした感触は、上等の天鵞絨を連想させた。
そこはさらりと乾いて清潔だったが、反応の遅れた蘭華の唇を、濡れた舌が強引にこじ開けようとしてくる。
「ぅんん……っ!」
奥に逃げる蘭華の舌を無理矢理に絡めて引きずり出し、李凰は雄の匂いのする口づけを続けた。歯列の裏側を舐められ、口蓋を大胆にくすぐられ、気道までをも塞がれかけて、李凰と結ばれた下半身が熱く脈打つのを感じた。
「う……んん、ふぁ……っ」
李凰に秘玉を舐められたときより、もっと大きな荒波が蘭華の内部でうねりをあげる。
押し流されてしまうのが怖くて、必死に首を振って抗うのに、李凰は意地になったように蘭華を抱きしめ、唇を貪るのをやめない。
李凰を咥えこんだ蜜路が絶頂の予兆にひくつき始め、蘭華は激しい恐怖に襲われた。
(嫌なの。こんなのは嫌――!)
理屈にならない恐れに突き動かされ、蘭華はがむしゃらに暴れた。夢中で振り回した右手が、ぱんっ! と高い音を立てて李凰の頬を打ち据える。
「……ぁ……」
自分が何をしたのかわかったときには、あとの祭りだ。
頬を打たれた李凰が、すうっと火が消えたような無表情になる。彼の纏う気配がこれまでになく獰猛になり、激しい律動が始まった。
「ひっ……あぁ、やだぁあ……!」
手加減のない抽挿はさながら野生の獣のようで、そんな腰遣いに翻弄にされるうち、蘭華は我知らず憚りのない声をあげていた。
「あふっ……んぅ、はぁ、やぁぁんっ……!」
意識も体もぐずぐずに蕩けて、これまでの自分ではない生き物に成り下がってしまう。
誰からも傅(かしず)かれ、慎みと品性を尊ぶ貴族令嬢であったことなど、欲望を露にした男の前では、なんの意味もないのだと思い知らされる。
圧倒的な力の差で屈服させられ、感じたくもない快楽に体をびくびくと打ち震わせて、気持ちのいいこと以外は何も考えられなくなって――。
(ああ……もう駄目――!)
意識がふっと宙に舞い、快感の奔流が体を突き抜けていくのに任せると、膣壁がきゅうきゅうと雄茎を食い締め、吐精を誘うように蠢いた。