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ワケあり婚
~花婿の兄と甘いウェディング~
水島 忍 イラスト/三浦ひらく
結婚式当日、ロザリアの花婿は別の女性と駆け落ちした。親が決めた結婚とはいえ、ロザリアは深く傷つく。が、体面を気にする親により、ほとぼりが冷めるまで別荘にいろと命じられる。そんなある日、ロザリアは怪我をしている青年モーリスを見つけ、別荘で療養させることに。ふたりは惹かれ合い、結ばれるが、モーリスは黙ってロンドンへ行ってしまう。そして、ロザリアも駆け落ちした花婿の兄と結婚が決まったからロンドンに戻るよう言われ…? 配信日:2017年10月27日 


「……さよなら、ロザリア」
 モーリスは低い声で呟き、唇を触れ合わせた。
 これが最後のキスだ。
 そう思って、顔を離したとき、ドキッとする。彼女の瞼が動き、ゆっくりと目を開けたからだ。
 彼女はぼんやりしたまま尋ねてきた。
「……モーリス?」
 このまま何も言わずに去ってしまおうかと思った。夜中に女性の寝室に入り、キスまでしたのだから、言い逃れできることではないからだ。けれども、よからぬ動機があったとは、彼女に思われたくなかった。
 乙女心を弄んだ男かもしれないが、卑劣な男ではないと思ってほしかったのだ。
 ここで過ごしたせめてもの思い出として。
「……君の顔が見たかったんだ。明日には会えるかどうか判らないから」
「まあ、嬉しい……。わたしもあなたに会いたかったわ」
 ロザリアはそう言いながら、両手を誘うようにモーリスに差し出してきた。どうやらまだ半分夢の中にいるらしい。
 モーリスは身を引いて、別れを告げるべきだった。
 しかし、彼女の夢見るような笑顔を見た途端、動けなくなっていた。彼女に誘われるまま、身を乗り出し、いつの間にかキスをしていた。
 よくないことは判っている。深夜、二人きりの寝室で、こんなことをしてはいけないと。
 家族の名誉。義務。そして、可憐なロザリアを傷つけてはいけないという想いが、モーリスの頭の中でぐるぐると回る。
 彼女の身体の柔らかさをもっと味わいたい。あと少し。あと少しだけ。この温もりを己の身体に刻みつけておきたい。
 ああ、ダメだ……。
 僕は彼女に勝てない。
 モーリスは上掛けをはねのけて、彼女に覆いかぶさっていった。


 ロザリアは夢の中にいた。
 愛しいモーリスがロンドンからロザリアを訪ねに別荘に来てくれた夢だ。彼はロザリアの寝室へやってきて、キスで起こしてくれた。
 嬉しい。わたしの許に戻ってきてくれたんだわ!
 ロザリアが腕を広げると、彼は身を屈めてキスをしてきた。優しいキスではなく、情熱をぶつけるような激しいキスだった。
 そのときになって、ようやくこれが夢ではないのだと気がついた。彼は戻ってきたのではなくて、まだどこへも行ってないだけ。
 彼に振られたと思っていたロザリアだが、顔を見にきてくれるくらいだから、本当は好きでいてくれたに違いない。しかし、ロザリアに変な期待を持たせたくなくて、きっと好きじゃないなんて言ったのだ。
 でも、彼は考え直したんだわ。
 ロザリアはモーリスのキスに酔いながら、幸せを感じていた。
 わたしはモーリスが好き……。愛してる。
 上掛けをはねのけられると、彼がロザリアの上に覆いかぶさってきた。ギュッと抱き締められて、全身がわななくように震えた。
 だって、わたし、ナイトドレスしか身に着けていないんだもの。
 彼もシャツがはだけたような状態だから、互いの体温が直に伝わっている感じがした。彼はさっきよりは落ち着いたキスをしてきた。
 彼はすぐに去っていってしまうかもしれない。ロザリアはそうさせたくなくて、懸命にキスを返した。舌を絡ませ、彼の背中をそっと撫でた。
 もう……離れたくない。
 夫婦でもないのに、男女がベッドに入るのは間違っている。けれども、そうせずにはいられなかった。
 キスを交わして、抱き合って……。その先のことはおぼろげにしか判らない。
 結婚式の前日、母に初夜について説明されたのだが、よく理解できなかった。
『ベッドに入ったら、旦那様に任せるのよ。一言でも文句を言ってはダメ。少し痛いことを我慢しさえすれば、旦那様に優しくしてもらえるわ』
 今、ロザリアは初夜のような体験をしているのだろうか。だが、不安よりも、彼と触れ合う喜びが勝っていた。ただ、彼に身を任せたい。どうなってもいいから、彼と少しでも長く過ごしたかった。
 身体が燃えるように熱くなっている。なんとなく彼も同じように感じているような気がした。そうでなければ、こんなにきつく抱き合うことはないと思うのだ。
 彼は唇を離すと、耳朶にキスをしてきた。
「あ……」
 頬にキスされることはあっても、耳朶にキスされたことは一度もない。戸惑いながらも、キスされたときに感じた何かに驚いた。
 くすぐったい……?
 よく判らない。身体の内部になんとも言えない感じがして、思わず身をくねらせてしまった。
「敏感なんだな……」
 耳元で囁かれて、ドキッとする。彼の温かみのある深い声が好きだ。
「わ、わたし……なんだか変な感じがして……」
「じゃあ、これは?」
 彼は首筋に沿ってキスを繰り返してくる。そのたびごとにロザリアの身体は微妙に反応を返した。
「ほら……。やっぱり敏感なんだ」
「それは……いいことなの?」
「もちろんだ」
 それならいい。ロザリアは彼がナイトドレスの胸元のリボンとボタンを外しにかかったとき、なんの抵抗もしなかった。胸がはだけて、乳房が露わになる。少し恥ずかしかったが、彼が愛する人なのだから構わなかった。
 乳房に優しく触れられて、思わず息を吸い込む。もちろんこんな経験は生まれて初めてだ。自分の胸が男性に触れられていることが、今になって不思議に思えてくる。
 彼の手は温かく大きい。そして、たくましい感じがした。しょっちゅう、馬の手綱を握ったりしているからだろうか。ごつごつしているというほどではないが、女性のような滑らかな手とは違っていた。
 優しく乳房を撫でられ、そこにもキスをされる。
「やっ……ぁ……」
 ロザリアは恥ずかしくて、頭を振った。だが、モーリスはやめるつもりはないようで、唇を滑らせるように愛撫していく。
 眩暈がするような快感が込み上げてくる。