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両片想いの蜜月公爵様は不埒な遊戯がお好き
【電子オリジナル作品、大好評につき文庫化!】
両片想いの蜜月

公爵様は不埒な遊戯がお好き
あまおうべに イラスト/三浦ひらく

キーワード: 西洋 初恋 緊縛 甘々 童貞

没落貴族の令嬢アネットは、親友の社交界デビューに付き添うことに。そして招かれた夜会で初恋相手のウォルターと再会する。彼から求婚され、とんとん拍子で結婚し、昼も夜もなく愛されるが…? 発売日:2015年6月2日 


「君を、確実に手に入れたかったから……。ノーって言わせないために、少し勝手なやり方になってしまった。……怒ってる?」
(少し?)
 心の中で、そんな反論が頭をもたげたものの――じっとアネットを見つめる眼差しには、作り物ではなさそうな不安がにじんでいた。そのことに気づき、反発が薄れていく。
「……いいえ」
 彼がいま心から欲していると、顔に書かれている言葉を口にすると、ウォルターはあからさまにホッとした様子を見せた。
「よかった……。君に嫌われるのだけは、なんとしても避けたいから……」
 そう言うと彼は両手をまわし、アネットを抱きしめてくる。身体の密着する感触に、音を立てて息を呑んだ。
「ウォ、ウォルター……っ」
「なに?」
「なにって……」
 身を固くしながら、必死に応じる。
「も、もう少し離れてくれない?」
「なぜ?」
「だって……」
 火がついたように顔が熱い。耐えられず目を閉じた。
「い、いままで、こんなふうに男性とくっついたことがないから、困るの……っ」
「そんなことないだろう? 昔、よくこうやってじゃれ合ったじゃないか」
「昔は昔よ」
「いまとどうちがうの?」
「どうって……」
 二人とも大人になって、そして結婚する相手としか、親密に振る舞ってはならないことを知っている。
 そう言うと、彼は「僕たちは結婚するじゃないか……」とつぶやきかけて、ふと身を離した。
「そうだった。もう一度きちんとやり直さないと」
 ベンチから降り、足元にひざまづく。そして彼はアネットの手を取った。
「ずっと君のことが好きだったんだ。結婚するなら君と決めていた。だからどうか僕の奥さんになってください」
「……ウォルター……」
 言葉の通り、彼は必死の面持ちでこちらを見上げてくる。その、子犬のようにひたむきな眼差しに、くらりときた。
(こんな目は卑怯だわ……っ)
 彼のやり方は信じられないほど強引だった。他の人が同じようにしたならば、アネットは断固として拒否しただろう。たとえ、そのせいでその後の婿捜しに支障をきたしたとしても。けれど。
(ウォルターだったから……)
 初恋の人で。そして先ほどもう一度恋をしてしまった相手で。――どうして拒めるだろう?
(夢のようだけど……、でもあまりに急すぎて……)
 天にも昇るほどうれしい反面、困惑の気持ちも強くある。
 好きだから結婚してほしいというのは、求婚の際の決まり文句だ。よって指標になるとは言いがたい。
 実際のところ、なぜ彼は自分を選んだのだろう? 結婚に際し、あらゆる条件に恵まれている彼に比べ、アネットにあるのは家柄と信用だけだというのに。
(きっと何か他に、結婚を急がなければならないような事情があるんだわ――)
 あれこれ考えつつも、先ほどから微動だにせず、懇願するようにこちらを見つめる彼の様子に、不安定に揺れていた気持ちは落ち着いていった。
 どんな事情があるにせよ、彼にここまで望んでもらえることは、単純にうれしい。
 自分は伴侶を探すためにここに来たのだから、いい話があるのなら前向きに考えるべきだ。それが心を寄せている相手からというのであれば、彼が言うように迷う余地などない――
(……はずよね)
 実際には長いこと迷った後、アネットはようやくうなずいた。
「……わかったわ。あなたと結婚する」
「やった!」
 彼は弾けるように立ち上がり、アネットを抱きしめて喜んだ。そのまま自分もベンチに座る。
「本当だね? いまのは嘘なんて言わないね?」
「……言わないわ」
「でも嘘みたいだ。君と結婚できるなんて!」
 声を弾ませ、彼はしみじみと言った。
「こんなふうに抱きしめることができるだなんて。……どうしよう、心臓が破裂しそうだ」
 吐息が鼓膜をくすぐる。そのことに、アネットの方がよほど、心臓が破裂しそうな気分になる。
 長い腕に包みこむように抱きしめられ、頬や胸にふれる固くしなやかな彼の感触に――体温に、心臓はうるさく鳴りっぱなしだった。
 だいぶたってから、自分の手の持って行き場がないことに気づき、そろそろと彼の背に手をまわす。
 すると、彼は耳元でささやいてきた。
「ねぇ、覚えてる? 子供の頃、よく膝の上で抱っこしてあげたよね」
「え? ――ひゃ……っ」
 声と共に、ひょいと身体を持ち上げられ、膝の上に乗せられてしまう。
「どうかした?」
「な、なんでも……っ」
 より間近になった端整な顔から、あわてて目をそらした。すると彼はねだるように訊ねてくる。
「ねぇ、アネット。……キスしてもいい?」
「え……っ」
 おどろき、反射的に身を離すと、美しいライラックの瞳が翳りを帯びた。
「君は婚約に同意してくれたんだよね?」
「……そうよ」
「でも乗り気じゃなさそうだ」
 失望をにじませる声に、あわてて首を横にふる。
「そんなことないわ……!」
「ならキスをして。そして僕を安心させて」
「――……っっ」
 ささやきに、ちらりと彼を見れば、宝石のような瞳が甘くかがやいている。
 あふれるばかりの期待がこもったその眼差しから、ふたたび目をそらし――アネットは蚊の鳴くような声で返した。
「いいけど……、どうすればいいのか、わからないの……」
「教えてあげる。まず僕を見て」
 促され、逸らしていた目線を、彼の方に向ける。けれど彼の膝の上に横座りをしたままのため、顔がひどく近い。
 アネットはこらえることができず、ほんの数秒で彼の肩口に顔をうずめた。
「ご、ごめんなさい。無理みたい……っ」
 情けなくうわずった声で弱音を吐く。ウォルターは、くすくすと上機嫌に笑いながら、声を潜めてささやいてきた。
「大丈夫。練習すれば慣れるよ。もう一度やってみよう?」
 そしてふたたび見つめ合うものの――いつも優しげなライラックの瞳が、ひどく色めいて映り、やはり長く見つめていられなかった。
(やっぱりダメ……!)
 まるで、全身が心臓になってしまったかのようだ。恥ずかしさのあまり、真っ赤になって視線をそらそうとするアネットに、ウォルターは誘うようにささやいてくる。
「ほっぺたがりんごみたいだ。おいしそう……。ちょっと食べさせて?」
「――……っ」
 言葉の通り、頬に口づけられた。何度も、くり返し。やわらかく、熱のある、くちびるの感触にどきどきする。
 ちゅっ、ちゅっ、とついばむような小さな音を、鼓膜は敏感に拾った。耳朶の神経が張り詰めているのがわかる。
「はぁ……」
 胸が苦しくなるほどの緊張に、切なく息をつき、うるんだ眼差しを持ち上げた――そのとき、少しだけ顔を離した彼と目が合う。
 ウォルターはゴクリと喉を鳴らした。
「その顔は……反則だ――」
「――ん……!」
 気がつけばくちびるがふさがれていた。性急なしぐさで、彼は強くくちびるを押しつけてくる。
 角度を変えて、幾度もくちびるをこすり合わせた彼は、やがて――
「んん……!」
 突然の感触にびっくりして、アネットは相手の胸を手で押しやった。
「――、……っ」
 乱れた息を整え、あえぐように細い声をしぼり出す。
「い、いま……――いま、その……」
 舌が入ってきた……なんて、言えない。
 ウォルターは、しまった、という顔をした。そして真っ赤になったアネットの、困惑する眼差しから逃れるように目を伏せる。
「いまのは、……恋人になった男女がするキスだよ……」
「恋人……」
「ごめん、アネット。僕、さっきから本当に、気持ちが先走ってばかりで……、どうしても抑えられないんだ。君に会いたくてたまらなくて、ようやく会えて――それで……」
 彼もまた、熱っぽい眼差しをこちらに向け、かすれた声を必死に紡ぐ。
「こんなふうに近くにいると、もう……」
「ウォルター……」
「僕のこと、あきれた?」
「……そんなことないわ。わたし達、婚約したんだもの。……恋人がするようなことをしてもおかしくないわ」
「優しいね。でも本当のことを知れば、君はきっと僕にあきれるよ。だって――」
 ゆらりと、ライラックの瞳がこちらに向けられた。何かを色濃く湛えた……ひどく濃密で刺激的なその眼差しに、どきどきする。
「本当は……もっと、頭の中で色々と考えてるんだよ。いまの君には耐えられないようなことまで……ね」
 ささやく声はひどく低かった。ぞわぞわと背筋を這うような、こんな声は知らない。
(うぅん……)
 こんなウォルターは知らない。恐い……というよりも危険な感じ。なのにどきどきする。いけないと思うのに、目がそらせない。
「…………」
(息が苦しい。……どうして?)
 誘うような眼差しの蠱惑に、アネットもまたこくりと唾を飲み込んだ。
「……あきれたり、しないわ。……言ったでしょ? 婚約者だもの……」
 早鐘のように打ちつける鼓動は、勢いを増すばかり。
「本当に?」
「本当よ」
「じゃあさっきの、恋人のキス……できる?」
 挑む声音で問い、彼は待ち構えるように、薄くくちびるを開いた。吐息にしっとりと艶めくそれが、月明かりにうっすら浮かび上がる。
「――…………っ」
 息ができないほど苦しくなりながらも、アネットは、そこにおずおずと自分のくちびるを重ねた。
 やわらかく弾力のある感触。伝わってきた体温に陶然としていると、彼は我慢できなくなったように、強く、深く、押しつけてくる。
「……ふ、……」
 息苦しさにくちびるを開いた、その瞬間を逃さず、彼は舌を差し入れてきた。
 ぬるりと差し込まれてきたそれは、アネットのものにおずおずと絡みついてくる。そのねっとりとした未知の感触に、肩がぴくりとふるえた。
 初めは遠慮がちだった彼の舌が、やがて頬の内側や口蓋へと探検を始める。ちゅくちゅくと音を立てて動きまわるそれが、舌先を尖らせるようにして口蓋の奥をくすぐったとき、アネットの腰のあたりが甘苦しくうずいた。
「……ぅっ、……んっ、……」
 思わず身をよじると、彼はそこばかりをくり返し刺激してくる。腰からみぞおちにかけて逃げ場なくたまっていく愉悦に耐えられず、アネットは自分の舌でそれを押しとどめた。
 すると彼は先ほどよりも熱をこめてそれを重ね合わせ、舐め上げてくる。からみ合う舌の感触はアネットの心も、身体も、思考もとろかしてしまうほど熱く、興奮に満ちていた。しばらく夢中でその感覚を追いかけた後、彼はそれをゆるりと吸い上げてくる。
 瞬間、ぞわりと甘やかな痺れが背筋を這い上がり、うなじまで駆け抜けた。
「んぅっ……――、は……」
 濃密な交歓に意識はくにゃりと輪郭を失い、くちびるを解放されたアネットは、気づけば彼にもたれかかっていた。
 夜の闇のせいだろうか。正気で考えればとんでもないことをしているはずなのに、なぜだか違和感を感じない。恥ずかしさは感じるものの、止めなければとは思わない。
 しどけなく寄りかかるアネットの身体を、ウォルターは強く抱きしめてきた。
「アネット……、たまらない。ずっと夢見てきたんだ。こうして君にふれることを、毎日、毎晩、ずっと長いこと……」
 情熱的な言葉に心がふるえる。
「ウォルター……」
 恋人達はキスをするものと、本で読んだ。けれどそれがこんなにも、まるで自分が自分でなくなってしまうかのように心地の良いものだとは想像もしなかった。
 アネットは新しく知った官能の余韻に酔い、頬にふれる彼の胸の鼓動を感じる。自分と同じくらい強く、速いそのリズムに気づき、ふと目を上げれば、こちらを見つめるライラックの瞳と視線が重なる。
 そこに彼の意志を読み取り、恥ずかしさに目を伏せると――ぽってりと腫れて敏感になったアネットのくちびるは、間を置かずしてふたたび息もできないほど熱くふさがれた。