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愛玩メイド
王子とすごすヒミツの夜
あまおうべに イラスト/駒田ハチ

キーワード: 西洋 身分差 緊縛 媚薬 淫具

聖バシリウス学院の生徒会長・ルツィアは才色兼備の誉れ高く、文化部総代表で女生徒の憧れの的でもある幼なじみ・フランツからの求愛も上手くかわしている。だが、彼を嫌いなのではなく、わざとつれない態度をとっているのだ。なぜなら、彼はこの国の王子で、庶民の自分と釣り合うはずがない。しかし、やむをえない事情から、ルツィアは寮で彼専属のメイドとして働くことに。そして、淫らな命令をあれこれされてしまい…? 配信日:2016年7月29日 


(ごっこ遊びよ、ごっこ遊び)
 自分にそう言い聞かせ、忍耐をもって言い直す。
「…何かご用ですか?」
 問いに、彼は抱えた膝頭にあごをのせ、いつになくまじめな顔で口を開いた。
「おととい、ある噂が耳に入ってね」
「…噂、ですか?」
「ロナンが君に告白したらしいじゃないか」
「あぁ――」
「男子生徒用寄宿舎は、その噂で持ちきりだった。君とロナンは交際を始めたと言う者までいて…」
「は?」
 思わず訊き返したルツィアの見ている先で、フランツは眉根を寄せる。
「あいつは前から気に入らなかったんだ。ずっと君のことを意識していて、私に対していつも批判的だった」
「そんなこと――」
 ロナンはまじめな優等生だ。誰かに対し、個人的な感情で態度を変えることなどない…はずである。
「きっと気のせいよ」
「ロナンに何て返事をするんだ?」
「そんなの――あなたには関係ないわ」
 この返答に、フランツがスッと目を眇める。
 ルツィアはすばやく言い直した。
「あなたには関係ありません。――できました。テーブルへどうぞ、殿下」
 ティーポットを傾け、カップに紅茶を注ぎながら促すと、彼はベッドの上を視線で示す。
「こっちに持ってきてくれ」
「行儀が悪いですよ」
「いいから」
(しかたない人ね…)
 ひとつ息をつき、ルツィアは銀のトレーにのせたお茶を、フランツの元に運んでいく。
 すると彼は受け取ったトレーを適当にベッドの上に置き、自分の隣を手でたたいた。
「ここに座って」
(…え?)
 不可思議な指示に首をかしげたものの、彼が眼差しでうなずいたため、ひとまず言われた通り、すぐ横に腰を下ろす。
 体温が伝わってくるほど、彼の身体を近くに感じてしまい、ルツィアはうろたえた。
「――――…」
 どきどきして、彼の方を見ることができなくなる。
 そんなルツィアの頭上で、さらなる無慈悲な命令が響いた。
「そのクッキー、食べさせて」
「はぁ?」
「メイドなんだから、そのくらいしてくれるだろう?」
(それってメイドの仕事?)
 はなはだ疑問に思いつつも、ベッドの上に置かれたトレーの上から、紅茶の横に添えたクッキーをつまんで取り、フランツの口元へと持っていく。
「…どうぞ」
「そこは、『はい、あーん』だろう?」
「言いませんよ!」
「言うんだよ。私が望んでいるのだから」
「……っ」
 居丈高でありながら、甘い眼差しで見下ろされ、どきどきのあまり頬が染まる。
「は、はい。あーん…」
 か細い声で、もそもそと言うと、彼はうれしそうにぱくりと口に入れた。幸せそうにもぐもぐする顔は、とても年上とは思えない。
「うん、おいしい。ルツィアに食べさせてもらうクッキーは格別だな」
 しみじみと言い、フランツはさらにとんでもないことを言い出した。
「明日からはあのメイド服を着て、私の膝の上にのって、やってもらうよ」
「や、やりませんっっ」
「じゃあクビだ」
「フランツ!」
「こらこら」
 ルツィアの抗議に、彼は余裕ぶって笑う。
「私のことはご主人さまと呼ばなければ」
 すぐ横から含み笑いでささやかれ、耳に吐息がふれる。
 ルツィアは頬にますます血が集まるのを感じた。
 思えばここ数年、彼とこんなに近づいたことはない。
 息の詰まりそうな緊張は、静かなフランツの問いによって破られる。
「ルツィアは硬派な男が好きだったな。ロナンなんか、まさにタイプだろう?」
「いいえ――」
 否定しかけて、ふと考える。
(そういうことにしておく? たしかに好ましい人ではあるし…)
 無愛想だが、彼は親切だし、とても誠実だ。
(それに…そう言っておけば、フランツもあきらめるかもしれないし――)
 つらつらと考えていると、傍らでティーカップを置く音がした。
「やっぱりな」
 そうつぶやき、彼はルツィアの肩を抱いてくる。…だけでなく、そのまま身体をぐいっと自分に引き寄せた。
「フッ」
 たくましい胸に押しつけられてしまい、焦る。
 艶めいたムスクの香りに包まれ、ただでさえ騒がしかった鼓動が、いっそう強く、速く鳴り響いた。
 頬に血が集まるのを感じながら、ひっくり返った声をしぼり出す。
「フランツ…っ」
「ご主人さまだ」
「ごっ、ご主人さま…。いくら冗談にしても、こんなの――…」
「顔が真っ赤だ。かわいい。私を意識しているんだ?」
 含み笑いで言い、彼は頬にちゅっと口づけてきた。
 緊張しきっていたルツィアは、「ひぅ!?」と変な反応をしてしまう。
「ロナンが君を押し倒したというのは本当か? 目撃した人間がいるらしくて、みんな噂している」
「ちがうわ。押し倒されてなんか…!」
「本当に? あいつをかばってるんじゃないか?」
「事故だったのよ。わたしがよろけたのを支えようとして…」
「なるほど」
 静かにうなずき、彼はふいに、ルツィアの肩を押すようにして、ベッドに横たわらせてきた。
 …押し倒されたのだということに、数秒がたってから気づく。
「…フランツ…?」
 仰向けになるルツィアに覆いかぶさり、彼は冷ややかな微笑で見下ろしてきた。
「――それで、あいつとこんな体勢になったわけか」
「フランツ、待って。こんな――…」
「私のことは何て呼ぶんだった?」
「ご、ご主人さま…っ」
 間近に迫る顔と、甘いムスクの香りに焦るあまり、言葉がまわらなくなる。
「…ロナン、とは、な、何でも…っ」
「胸をさわってたって聞いたよ?」
「だから、事故…っ」
「事故でも許せない。私だってさわったことがないのに…!」
「――――…」
 端整な顔を伏せ、彼は心底くやしそうに嘆いた。しかしやがて、ゆらりと頭を上げる。
「私はもう充分待ったよ? 君に好かれようと、ずっと無害な男を装って待った」
「…え?」
「いつも口説き文句が冗談半分だったのは、本気で言ったら困らせてしまうと思ったから。ただ君を助け、皆から慕われる姿を見せ、君の好みの物を贈り――そうやってルツィアに好かれることだけして、気持ちが私に向くのを待っていた」
 妖しい熱を湛えた眼差しを、ひたりとこちらに据え、彼はルツィアの額から頬にかけてを手でなぞった。
 いつも明るく輝いているエメラルドの瞳に、見る者の不安を誘う不可思議な影が差す。
 これは誰?
 これまでにない真剣さに呑まれてしまい、ルツィアは動けなくなった。
 こんなフランツは知らない。