妄想令嬢と堅物王子
その試練、いやらしすぎます!
あまおうべに イラスト/YUGE

(こんなの、あんまりよ……)
 自分の寝室に閉じこもり、ジョゼはベッドの上で枕を抱えて悩んでいた。
 せっかくアルベルトと両想いだったと判明したというのに、まともに向かい合うことすらできないだなんて。
(ひどすぎる……!)
 いっそのことシャイン山脈に行こうか。そして魔女を探して、魔法を解くよう頼んでみようか……。
 そんなことまで考えてしまう。そのくらい、ジョゼにとってこの事態は深刻だった。
 何しろこの先の人生がかかっているといっていいのだから。
「はぁ……」
 ため息をついたとき、寝室の窓が、外からノックされた。
 びっくりしてそちらを向けば、バルコニーに人影がある。窓からこちらをのぞき込んでいる様子の、あのシルエットは――
(アルベルト!?)
 ジョゼはあわてて寝台から下りて窓に走り寄った。
「アルベルト、どうして……っ」
 窓の一部でもある、一面ガラス張りのドアを開けてバルコニーに出ると、彼は声を潜めて返してくる。
「すまない。家人に取り次ぎを頼むには非常識な時間だったものだから。しかし、一刻も早く伝えたいことがあって」
「伝えたいこと?」
「ジョゼ。君はあの魔女にどんな魔法をかけられたんだ?」
「……それは……」
 単刀直入の問いに答えられず、ジョゼは顔を背ける。
 すると彼は、退路を断つように窓ガラスに手を置いて詰め寄ってきた。
「頼む。答えてくれ」
 きまじめにして真摯な顔が、ずいっと迫ってくる。
(こ、この体勢は……っ)
 姉の官能小説、『仮面舞踏会での野性的な激愛』の一場面に似ている。

 ジョゼは野外の四阿で突然、壁ドンされるのだ。
 仮面をつけた謎の男(見るからにアルベルト)が、耳元で不穏にささやいてくる。
『逃げられると思っているのか?』
 以前、舞踏会で一夜の過ちを犯してしまった相手だ。
 再会を待ち望んでいたこちらの期待を見すかすように、彼は無遠慮にドレスの裾から手を潜り込ませてくる。その手は悩ましく脚をなでまわしながら、秘めやかな部分へとまっすぐに這い上がってくる。
 あまりにも性急な狼藉にジョゼは混乱してしまった。
『何をなさるの!?』
『わかっているくせに』
『わ、わたくしには将来を誓い合った人が……っ』
『では誓いを破棄するんだな。おまえはこれからここで、オレに犯されるのだから』
 彼は悪魔のように優しい手つきで下肢をまさぐり、ジョゼの快楽を引き出してくる。すっかりうるおった後にも、期待をもたせるようにそこを指でかきまわし、たまらなくさせる。
 ジョゼの官能をさんざん煽り、彼がほしいと何度も言わせた後に、アルベルトは彼女を四阿のベンチに手をつかせると、後ろから逞しい彼自身でひと息に貫いてくるのだ。
『ここで他の男を咥えこんでみろ。そいつを殺してやる!』
『あぁっ……』
 乱暴とすら言える仕草にもかかわらず、ジョゼは愛する相手のもたらす快感の激しさに、激しく身悶えてしまう。

(無理! 本当に無理! 言えない……!)
 大きく首を振る。そもそもキャラがちがいすぎる。
 本当のアルベルトは硬派で、理性的で、性欲などとは無縁にも見える潔癖な人だ。おまけにジョゼのことを大切な大切な宝物のように扱ってくれる、気遣いに満ちた人だというのに!
 そんな彼に、『ここで他の男を咥えこんでみろ』などと言わせてしまった後ろめたさに、頭を抱えたくなった。
 ひとりで悶々とするジョゼに向け、現実の彼は静かに切り出してくる。
「魔女が魔法を解く方法を教えてくれた」
「え?」
 それは思いもよらない言葉だった。
 ジョゼはすがるように見上げる。
「魔法を解く? 本当に?」
「あぁ、だが、意味がよくわからない」
「――――……」
 あの魔女のことだ。きっと意地悪なものなのだろう。
 それでも、このしょうもない状況を脱することができるかもしれない方法があるなら、何でもする。
 希少な宝物を見つけてこいというのでも、魔女の召使いになれというのでも、何でも!
「それで、それはいったい……どのような……?」
 真剣に訊ねるジョゼに、彼もまた大まじめに応じた。
「これまでの妄想をすべて現実に行え、と――」
「…………」
 目の前が真っ暗になった。
 その後、心の中で絶叫する。
(いっやぁぁぁぁぁ……!!)
 これまで妄想してしまったことを実際に行うなど……恥ずかしさで死ねる。
 ジョゼは青くなって首を横に振った。
「無理です。絶っ対、無理!」
「ジョゼ?」
 怪訝そうに問われ我に返った。
 いけない。動揺のあまり素の自分が出てしまった。
 さらに気づけばアルベルトときたら、すぐ近くからのぞき込んできている。
 間近に迫った端整な顔から、ジョゼはつい目を逸らした。
 心臓がドキドキしてたまらない。
(だって……!)
 こうしている間にも、頭の中では『仮面舞踏会での(以下略)』の場面が進んでいるのだ。

 野外で背後からジョゼを犯していたアルベルトは、やがて彼女を立たせ、四阿の柱に押しつけて両脚を抱え上げてしまう。
 長大なモノが、あまりにも深くまで届き、ジョゼは悶絶するしかない……。

(って、小説に書いてあったの! わたしが考えたんじゃないわ!)
 頭を抱えて首を振るジョゼを、アルベルトは痛ましげに見つめてきた。
「ジョゼ……、無理強いなどしたくない。だが……このままでは、君の苦しみを取りのぞくことはできない」
 まるで彼のほうが苦しいとでも言いたげに、端整な顔が歪んでいる。
「頼む。……頼むことしかできない。魔女に何をされたのか教えてくれ」
「ですが……」
 ジョゼはなおもゆるゆると首を振った。その拍子に、あふれた涙がぽろりと落ちる。
「ですが、本当のことを知れば、あなたはきっとわたくしから離れていきます――」
 とたん、彼はひどく真剣な面持ちでジョゼの右腕をつかんだ。
「それは君を想う私への侮蔑だ」
「ちがいます! ……ちがうのです、わたくしは……本当はあなたが思っているような淑女ではありません……」
「ジョゼ?」
「お願いです。これ以上訊かないでください。あなたに嫌われたくない……っ」
 涙をこらえながら言うジョゼを、アルベルトは我慢できないといった態で、つかんだ右腕を引き寄せて抱きしめてくる。
「あぁ、ジョゼ。一体何を抱えているんだ……!」
「ア、アルベルト……っ」
 力強い抱擁に、ジョゼは妄想のみならず、現実に起きていることでも頭が沸騰しそうになった。
「何を聞いても驚かないと約束する! もちろん、結婚の話についても心配することはない。ジョゼ、頼む、苦しみを分けてくれ。私にも背負わせてくれ!」
「――――……」
 せつなげな訴えには本当の気持ちが詰まっていた。激情に心が揺さぶられる。
(言ってしまう……?)
 ちらりとそんな考えがよぎった。
「…………」
 くちびるをふるわせるも、やっぱり言えない、と嚙みしめる。
 すると彼は突然抱擁を解き、おもむろにジョゼを抱き上げた。
 そのまま自分の背中でガラスのドアを開け、寝室に入っていくと、腕の中のジョゼをベッドに下ろす。
 寝台に横たえたジョゼの両脇に手をつき、腕の中に閉じ込めるようにして、彼は淡々と言った。
「我々は半年後に結婚する。そうだな?」
「……は、はい……」
 どうしたというのだろう?
 いつも優しく穏やかな彼なのに。つい先ほどまでそうだったのに。
 今は黒い瞳に斬り込むような光を浮かべ、厳しく見据えてくる。
「妻となる人に、結婚前から秘密を持たれるのは不安を感じる。結婚してからも、そうなる可能性があるということだから」
「そんなつもりでは……っ」
「言わないなら、口を割らせてみせる。君が耐えられないようなことをして、言わなければならない状況を作り出す」
 そう言うと、彼はジョゼの足首にふれた。そして薄い夜着の裾をめくり上げるようにして、ふくらはぎをなで上げ、膝頭に手を置く。
「え……?」
 膝下が剥き出しにされてしまった感覚に、ジョゼは目を見張った。
「――――……っ」
 そんな反応をじっと見下ろしながら、彼は膝に置いていた手を、太ももまで上げてくる。無遠慮なその動きに従い、裾もまためくられていく。
 彼の目に、自分の素足がさらされていく……。
(うそ……!)
 小説の中で幾度となく読んだことが、ふいに自分の身に起きようとしていた。
 アルベルトが相手であれば、それはずっと夢見てきたことだ。
(でもなんだか……)
 彼はひどく恐ろしい顔をしている。とてもこれから恋人と甘い時間を過ごす雰囲気ではない。
「ま、待って……っ」
 大腿をなでていた手が、付け根に近づいたとき――
 ジョゼはとっさに彼の手をつかんで止めた。
 と、容赦のない声が降ってくる。
「魔女に何をされたのか言うんだ、ジョゼ。言わなければ止めない」
「そんな……っ」
 泣きたくなった。
 この絶体絶命のピンチを、どう切り抜ければいいのだろう?