ハレムの恋人たち
幽囚の皇子に捧げる、小夜鳴鳥の艶めく恋唄
葉月エリカ イラスト/三浦ひらく

「あっ、あっ、あぁあっ……いやああぁっ……」
 掻き回せば掻き回すほど、自分の指では届かない最奥が疼いてもどかしくなる。
 いつもここに入り込むのは、ライザークの指であり、猛々しい若茎だった。どちらも充分な長さと太さで、ナティアのいいところを存分に刺激してくれたのに。
「ああっ……だめ……自分じゃ、無理ぃ……っ」
 欲しくてたまらない快楽は得られないのだと悟った瞬間、ナティアは泣きそうになった。涙に潤んだ瞳に、おあつらえ向きの道具が映った。
 ジュダルが差し入れ、ライザークが残していった卑猥な玩具。
 絶対に使ったりするものかと、さっきまでは思っていたけれど。
(あれなら……――)
 唾を飲む喉がごくりと鳴った。
 ライザークの雄と比べればひと回りは小さいが、自分の指よりは断然使い勝手のよさそうな。
 ナティアはそろそろと性具に手を伸ばした。
 火照った掌に吸いつく、ひんやりとした感触。内側は空洞になっているのか意外と軽い。
表面はなめらかに研磨され、先端には本物の亀頭そっくりな出っ張りが掘り出されていた。直径はそれなりに大きく、根本にいくにつれて野太く広がっている。
 そんなものを手にしているだけで、心身ともにうずうずしてきた。
 ナティアは耳年増なだけで、ライザークと結ばれるまで実際の性体験は皆無だった。自慰そのものが初めてなのに、こんな道具まで使ってしまうことに、抵抗も後ろめたさもある。
 だが、それ以上に今は緊急事態なのだ。
 指を抜かれた膣孔は、一刻も早く代わりのものを欲しがって、涎を垂らしながらひくんひくんと収縮している。
(仕方ないのよ……)
 こうして弁解するのは何度目か。
 ナティアは固く目を閉じ、いやらしい形の性具を股間にあてがった。
 くちくちと何度か揺すり、前準備として嵩張った部分に蜜を纏わせる。その拍子に秘玉にも張型が擦れ、脳天までがじぃんと痺れた。
 深く息を吸って、一旦止めて。
 ゆっくりと吐き出すのと同時に、握った手に力を込めて、自ら膣道を押し開いた。
「あう――はっ……んぁああっ……!」
 ぐしょぐしょに濡れそぼった場所を、真っ黒な疑似男根がずぶずぶと遡っていく。
 熟れきったそこは、温度のない異物をこともなげにずっぽりと呑み込んだ。
「ぁあ、あ、やっ、ああっ」
 浅ましいと思う心を置き去りにして、ナティアの手はぐいぐいと大胆に動いた。
 もとが水牛の角であるため、張型は本物の男性器よりも湾曲している。そのせいで、思いもしない場所を唐突にごりっと抉られてしまう。
「うぅうっ……ぁあああ!」
 引き抜いては押し込め、また引き抜いては貫いて。
 ずぽずぽと出し入れするほどに、体の奥から震えるような快感が沸き上がってくる。
「やん……やっ……ぁぁうっ……はぁっ……」
 皇帝のお呼びがかからない妾たちが、こうして自慰に耽ったり、ときには女同士で張型を使い合ったりするという話を聞いたとき、ナティアは嫌悪感を覚えたはずだ。
 けれど、今は仕方がないと思ってしまう。
 気持ちのいいことは誰だって好きだ。
 人間の体は快感を得られるように作られている。逆に言えば、一度知った快楽を得られなければ、ひどく苦しい思いをする。
 そのために自分で自分を慰めることを、罪とまでは呼べないはずだ。
 ――それでも。
「んっ……ライザー、クぅ……っ」
 食いしばる唇の合間から洩れるのは、愛する男の名前だった。
 肉体的に達することは、ちっとも難しくない。媚薬で昂った体にこの張型さえあれば、何度だって絶頂を迎えられるだろう。
 けれど、心は。
 あのたくましい腕で抱きしめられたいと願う気持ちは、一人では決して満たされなくて。
「あっ、あっ、あっ、あ……」
 張型を持たないほうの手で、乳房をむぎゅっと摑み、突起をくりくりと弄り回す。
 ライザークがここにいれば、きっとこうしてくれる。奥を突かれながら乳首を苛められるのが好きなことを、彼にはとっくに知られてしまっているのだ。
(気持ちいい……いいけど、寂しい……)
 いつの間にかナティアの脚は大きく開かれ、虚空に向けて腰を突き上げていた。
 指よりは充溢感のある張型でも、ライザークの生身のものに比べると、どこか物足りなかった。ナティアの中はすっかり、彼の形に添うよう広げられてしまったのだ。
「もっと、奥……届かないの……いやぁ……」
 じゅんじゅんと切なく疼く部分に、張型の先端は擦れそうで擦れない。
 思い切り激しく出し入れしても、ライザークがいてくれないことを恨めしく思うばかりだ。自分で追い出しておきながら、都合のいい話だけれど。
「ああっ……ああっ、あんっ、あ、はぁあんっ……!」
 膣奥で達せないならばと、張型を限界まで差し入れたまま、親指で花芽を擦る。
 ぐにぐにと捏ねて、性感が高まりきったところでひときわ強く押し潰すと、意識はたちまち舞い上がった。
 その瞬間、思い浮かべていたのは、自分の中でびくびくと精を迸らせる恋人のことだった。
 ナティアの奥で一番気持ちよくなってくれたときの、眉間に皺を刻んだ、あの切なそうな顔――。
「ああああっ……ライザーク……っ……!」
 男の肉塊代わりの張型を、蜜襞がぎゅうぎゅうと切なく締めつける。
 呼応するような射精の痙攣は伝わらず、張型を引き抜いたナティアは、絨毯に突っ伏して啜り泣いた。
 二度の絶頂を迎えても、火照りはまだ鎮まらない。
 あと何度、こんなふうに虚しい行為を繰り返さなければならないのか――そう思って、悲しみに打ちひしがれたときだった。