落城の美姫
~堅物皇子の甘い執着~
依田ザクロ イラスト/風コトハ

「それで。お前の目的はなんだ」
 鋭い声が降ってくる。
 セレスは首を横へ振って再び片言の謝罪をした。
「ゴメン……、ワタシ、マチガエタ。オサラ、カゾエマス」
 嘘は言っていない。宴会場の空いた皿を数えてくる仕事を請け負っているのだ。厨房にたずねてもらえれば裏付けはとれる。
 だが、景聖の眼はきつく吊り上がったままだ。
「なにが皿だ。厨房係を装ったつもりか? こんないかがわしい格好をしているわけがないだろう。大方、色香をもって父上に取り入ろうとする輩だな。違うか?」
 見事当てられてしまった。
 とはいえ、皇帝が女好きなのは街で噂になるくらい有名だ。セレスのように特殊な目的がなくとも、お金や名誉のために近づいてくる女性は多いはず。
 よくあることだからこそ皇帝の身内として過敏になっているに違いない。
 なんとか誤解を解き、この場を見逃してもらおう。
 やはり知らぬ存ぜぬで押し通すしかない。
「ムズカシイ……ノ、ワカラナイ、ゴメンネ……?」
 腕組みをして目を細める景聖を、期待のまなざしでじっと見つめる。
「言葉が不自由だというのか」
 視線が交差すると、彼は眉間の皺をいっそう深めた。まなじりがほのかに赤く染まる。
 怒ったのかしら……?
 拳を握りしめ、小刻みに震わせている姿はなにかを堪えているふうにも見える。感情が読めない。
 互いの腹を探り合う奇妙な沈黙が生まれた。
 相手がなにを考えているのか想像がつけば対処の仕方も変わるが、どのタイミングでもう一押ししていいのか探りかねる。首をかすかに傾げたそのときだった。
「……っ!」
 とたん、景聖が大げさに横を向いた。汚らわしいものを見たとばかりの態度だ。さらに、聞き取れないくらいの早口で吐き捨てる。
「どうしても答えられないなら身体に訊くぞ」
「え……?」
 素早く伸びてきた手に、黒い外套が奪われる。
「そうやって初なふりをして男をだますのだろう。女は皆そうだ。ほら、こうすれば正体がわかる」
 無造作に伸びてきた両手に乳房を鷲摑みにされた。
「きゃ……っ!」
 驚きのあまり背をのけぞらせる。豊かな金の髪が光を纏って揺れ、背もたれへ広がった。
「い、痛い……っ、やめて……っ」
 片言の設定を忘れ、思わず張りのある声で拒絶する。
 幸い彼はそこの違和感には気づかなかったようだ。代わりに右眉をつり上げる。別の疑念を抱いた様子だ。
「痛い? 気持ちがいいの間違いだろう。こんなに柔らかいなど……遊び女だからだ」
「ぁっ」
 大きな手のひらで柔肉がうねうねと揉まれる。
 身体の一部が柔らかいだけで、遊んでいる?
 そんなふうに言われたら、腕も脚も臀部もどこもかしこも柔らかいセレスは、とんでもなくはしたない娘になってしまう。
 ぎこちない手の動きにあわせ、膨らみは従順に形を変えた。かろうじて乳首に引っ掛かっていた短衫の合わせはしどけなく開き、みずみずしい果実のごとき乳房があらわになる。
「こんな格好……けしからん」
 硬い皮膚が直に肌へふれた。衣ごしとは違ってなまあたたかい感触に包まれる。ふれあう箇所で互いの体温が溶けあい、じんじんと熱が高まっていく。内側から得体の知れないなにかが湧きあがってきた。
「んん……っ、ふ、ぁ……ぁっ」
 これはなに?
 痛みとは違う不思議な疼きが身体を苛む。
 なんだか怖い。
 未知の世界へ踏み込んでしまう予感に背筋が粟立った。
「やっ、お願い……、ぃや……っ」
 首を振って拒絶を伝える。動きに合わせて乳房が弾み、彼の手にぐいぐいと押しつける形となる。
「もっともっとと強請っているのか?」
 つかんでくる力が強まる。握りつぶされれば痛みが濃くなったっておかしくないはずだ。しかし、いっそうもどかしい熱がたまるだけだった。腰がぴくぴくと撥ねる。
 お尻がむずがゆい。いや……お尻というより、胎内のよくわからないどこかが熱い。
「や、あぁ……、ぁっ……、ふ、あ……っ」
 揉まれるたび肌は白から薔薇色へ変化した。じっと見つめてくる黒曜石の瞳にも刺激されて、呼吸が苦しくなってくる。
 感じるのは痛みや恐怖ではない。
 興奮が煽られている。
「小さな蕾が綻んできたぞ」
 硬い指のはらが膨らみの先端をつつく。とたん、ぴりっとした快感が弾けた。
「ふぁぁ……っん!」
 そこは普段は平べったくなっている箇所だ。寒いときにきゅっと窄まる程度で、存在すら気にしたことがない。
 けれども、硬度をもって勃ちあがっている。指でくりくりと転がされるたび甘やかな歓びが身体を貫く。
「あ、あぁっ、……はっ、ぁ……、やぁ……っ」
 血液がどくどくと頭へ上る。
 乳房のほんの先端をつままれているだけなのに。
 何本もの淫らな手で全身をくまなく撫でられている錯覚がした。
 肌はますます敏感になり、紅梅のごとく色づいていく。頭がぼうっとして、花畑の中にいるような甘い香りに包まれた。
「ずいぶん嬉しそうだな」
 呼吸を乱し喉を反らせるセレスに、得意げな声が落ちてくる。
 嬉しがってなんていない……はず。
 うっすらと涙を浮かべてにらみ返す。
「く……」
 相手はまなじりをますます赤らめた。怒っているなら眼光鋭く凝視してきそうだが、彼は舐るような……どこか熱に浮かされた視線を返してきた。
「……っ」
 一度捕らえられたら逃れられない。そんな不穏な気配に包まれる。だが危険を察知したというのに、セレスの胸は奇妙な昂揚を覚えた。
 なにかしら。わからない。わからない……けれど。
 視界がかすみ、雲上を歩いている心地がする。
 愛撫は徐々に勢いを増していった。乳房を揉みこみながら、時折粒を引っ張ってくる。手のひらに与えられるのはもどかしさ、指先がくれるのは鋭い快感。両極端の刺激に懊悩し、ただ嬌声を上げるしかできない。
「はぁ……、あぁ……、んあぁ……」
 胸の中央で生まれた悦楽は、さわられていない下肢のほうまで響く。
 熱のこもった息を吐きながら両膝を擦る。その動きがさらなる快感を生んで、終わりのない淫悦に身を焦がした。
 初めは痛かったはずの胸への愛撫が、いつのまにか心地よくなっている。
 こんな、どうしてなの……?
 身体が制御できない。自分ではないものになってしまったみたいだ。淫らな痴態を否定したくて首を横へ振る。
「なにが不満だ? 気持ちがいいくせに」
「いや……っ、いや……」
「嫌? ――なるほど、物足りなくて嫌だというのだな」
「っ……?」
 彼の視線が下肢へ注がれる。
 絡みつくまなざしを受け、背筋がぞくりと震えた。いけない予感がするものの、胸への愛撫でとろけた身体はろくに動かない。
 軽い手つきで下衣の裾が払われた。腰で結んだだけの薄布はあっけなく中身をさらす。
 水に濡れた陶器のごとく艶やかな太腿があらわにされた。
「―――……」
 景聖はまるで見惚れるような沈黙を一拍挟んでから、意を決したふうに大腿を両手でつかんで左右へ割り開いた。
「んっ、く、ぁ……」
 かすかな蜜音が立つ。外気にふれてひんやりするということは、粗相をしたわけではないのに濡れているようだ。
「ぁ……、いや……、ど、して……?」
「誘うように蜜を滴らせて。やはり淫らな女だ」
 そこが濡れているのが淫らと同義なのは理解できない。それでも、自分の身体が淫らな反応をしているのはわかった。
 私、おかしくなってしまったの?