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執事の蜜愛に花嫁は喘ぐ
手袋を脱いだ淫らな指
葉月エリカ イラスト/アオイ冬子

キーワード: 西洋 敬語攻め お仕置き

異母兄の作った借金のため、侯爵家との結婚を成功させねばならなくなった伯爵令嬢リシェル。男女の営みを何も知らないリシェルに、執事のサイラスが手ほどきをするよう、異母兄が命令してきて…!? サイラスにほのかな恋心を抱いていたリシェルは!? そしてすべてが完璧な執事、サイラスの正体とは…? 発売日:2013年12月28日 


「足の甲へのキスは、【隷属】のキスです」
 上目遣いになったサイラスが、謳うような口調で告げる。と、唇の位置が遡り、靴下を脱がされた臑に移された。
「臑へのキスは、【服従】。――今夜は、キスの意味をお教えしましょう」
「キス、の……?」
 戸惑うリシェルの手をサイラスが引き寄せ、その指先に唇を這わせた。
「指先へのキスは【賞賛】。手の甲なら【敬愛】。手首なら【欲望】……」
「あ……やっ……」
 サイラスが囁きながら次々にキスの場所を変えるたび、リシェルの体に小さな炎が灯され、甘やかな息が我知らず零れた。
 服の上からでも、サイラスはお構いなしにキスをした。
 腰は【束縛】、腕は【恋慕】――そして胸ならば【所有】。
「だ、め……サイラスっ……」
 胸元に顔を埋められ、谷間に口づけを落とされて、リシェルはいやいやと首を横に振った。
 そんなふうに密着されては、心臓が壊れそうなほど高鳴っていることがばれてしまう。
 打ち乱れる髪の一房をサイラスが手に取り、その毛先を唇で食んだ。
「髪へのキスは【思慕】でございます、お嬢様」
「や……あ、ぁ……」
 リシェルは自分が完全におかしくなってしまったと思った。
 髪の毛なんて、なんの神経も通っていないはずの場所なのに、サイラスに触れられていると思うだけで、背筋がぞくぞくと震える。
 それを合図にしたかのように、サイラスが立ち上がって長椅子の背に手をかけた。リシェルの細い体は、彼の両腕の間に閉じ込められ、見下ろされる形になる。
「あ……」
逃げ場などもうどこにもないのだと思い知らされるかのようだった。
なすすべもなく彼を見上げるしかできないリシェルの額に、「……ここは、【祝福】」と呟いたサイラスの唇が降ってきた。
そこからはより細かく、繊細な口づけが続いた。
小さな鼻の先をかすめるような【愛玩】のキス。
熱を持った頬に【親愛】のキス。
 閉じた瞼に【憧憬】のキス。形の良い貝殻のような耳朶には【誘惑】のキス――。
 顔中のいたるところに優しいキスを浴びせられて、リシェルは体の芯まで蕩けるような熱に冒されてしまう。
(すごく気持ちいい……けど――)
 頭の片隅に残った理性が、たゆたうような快感に素直に溺れることを阻んだ。
 これだけ惜しみないキスをくれているのに、サイラスはただ一点だけ、触れ合わせるのを避けている場所がある。
「サイラス……」
 はしたない。
 浅ましい。
 そんなことは百も承知だったが、胸が切なくて苦しくて、尋ねずにはいられなかった。
「ねぇ……ここ、は?」
 自分のそれを示すのは恥ずかしすぎて、震える指先でサイラスの下唇をなぞる。
 そこはしっとりとしていながら乾いているようでもいて、本当に不思議な感触だった。いつまでも触れていたいと思うし、同時に触れられていたいとも思う。
「ここへのキスの意味は、なに……?」
「お知りになりたいですか――本当に?」
 眼鏡越しのアクアマリンの瞳に、催眠術をかけられたような心地になる。
 引き込まれるように小さく頷いたリシェルに、サイラスが顔を近づけた。
「唇へのキスは――【愛情】です」
「ぁ……」
 互いの吐息が先に混ざり、言葉にできない柔らかな質感が、あとを追うように重なった。
 サイラスの片腕がリシェルの背中を抱きすくめ、もう片方の手はキャラメル色の髪をゆっくりと撫で下ろしていく。
「っ……ふぁ……」
――サイラスに本当のキスをされている。
 めくるめく陶酔にさらわれながら、リシェルはその事実を噛み締めた。
どれほどこのときを切望していたのか、こうされてみてようやくわかった。
恩寵のような喜びと、泣きたいほどの切なさに、ずっと心の奥底に秘めていた自分の想いにも気づいてしまう。
(私は、サイラスのことが好き――……)
 言葉にして認めてしまえば、留めようがなくなるから。
 ずっと見ないふりをしていた。家族だなんて言葉で誤魔化して、いつでも彼を目で追ってしまう理由を、深く考えないようにしていた。
(馬鹿みたい。いまさら自覚したって、私はもうファネル侯爵のところへお嫁にいかなきゃいけないのに……)
 感情のままに溢れた涙が頬を転がり、唇が触れ合った場所にまで伝った。
 塩気を含んだ雫の味に、サイラスも当然気づいて顔を離す。ぽろぽろと涙を零すリシェルに、驚いたように目を瞠った。
「――……お嫌でしたか?」
 彼と口づけを交わしたことを、後悔しているのかと。
「違う……違うの……」
 心配したように尋ねられても、涙の理由を口にはできない。
「大丈夫、だから……嫌じゃないから……」
 サイラスの首筋にぎゅっとしがみつき、リシェルは精一杯に訴えた。わずかな間を置いて、サイラスの唇が眦に触れ、新たな涙を吸い込まれる。
「――続きを」
 宣言とともに顎を上向けられ、再び唇を塞がれた。
 さっきと違い、触れ合うだけのキスではなく、サイラスの舌がリシェルの唇をゆっくりと割って入ってくる。
 そんなことをされるなんて予想もしていなかった。
驚いたけれど、不思議に嫌だとは感じなくて、リシェルは戸惑いながらもサイラスのすることを受け入れる。
「ん、ぅ……っ」
 サイラスの舌は、穏やかに、けれど躊躇の気配もなく、リシェルの小さな口腔を探った。
ひどく巧みな動きを見せるその舌は、リシェル自身の涙の味と、紅茶に溶かされていたジンジャーのかすかにスパイシーな香りがした。
(あ、くすぐったい……)
 口蓋をなぞられて、鳩尾のあたりにずくんとした感覚が響く。
 リシェルの弱い場所を見つけたと知らしめるように、繰り返しそこを刺激されるうちに、長椅子の上で腰がよじれた。すかさずそこに手を添えられ、脇腹に向かって撫で上げられる。
「ふ……ぁあ……っ」
 深くて密接なキスを続けたまま、サイラスは片手だけで器用に胸元のボタンを外していった。シュミーズのレースが覗いたと思った瞬間、当たり前のようにその下へ潜った指先が、片方の乳房を掴みあげてふるりと露出させてしまう。
「んんっ……!」
 指先で乳首を緩慢にさすられた瞬間、リシェルはくぐもった声をあげて、サイラスの肩を押しやった。ようやく唇が離れて、胸いっぱいに空気を吸える。
「そ、それ……嫌、なの……っ」
 息を荒げるリシェルに、サイラスが首を傾げた。
「先日は悦んでくださっていたようにお見受けしましたが?」
「じゃなくて……手袋――」
 手袋をしたままの手で体に触れられるのは嫌だった。
 この前のように、また汚してしまわないとも限らないし、何よりもサイラスの体温や手触りを直に感じられないのが寂しい。
「お願い。手袋、外して……?」
 リシェルが懇願すると、サイラスは思いがけないことを言われたかのように押し黙り、やがて静かに問いかけた。
「お嬢様は、執事が手袋を嵌めている理由をご存知ですか?」
「? ……そういえば、知らないわ」
 紳士階級の男性は、外出の際、帽子と共に手袋を身に着けるけれど、サイラスのように四六時中というわけではない。
「執事の主な役割は、お仕えする屋敷のご家族に毎食の給仕をすることでございます。貯蔵庫でのワインの保管と、その家の財産でもある銀器の管理が何より大切な務めとなります」
 確かにサイラスは、リシェル専属の従者でもありながら、それらの仕事もこなしている。
「銀器は取り扱いが非常に難しいものです。素手で触れば変色しやすく、また傷つきやすくもある。執事が手袋を外さないのは、守るべき大切なものを、万一にも穢してしまったり、損なったりしないためなのですよ」
「それって……」
 サイラスの意味深な眼差しに、リシェルはどきどきする胸を押さえた。
「それでもなお、私に手袋を外せとおっしゃるのであれば」
 サイラスが手の甲を上にして、右手をすっと差し出した。
 リシェルの顔の前に。
その中指の先を、さきほどの口づけで色づいた唇の狭間に差し込んで。
「――どうぞ、お嬢様ご自身が脱がせてください」