秘蜜のトライアングル・マリッジ
杏奈 イラスト/駒田ハチ
ヴィヴィアンヌの母は男爵の愛人で、母娘は郊外の別宅でひっそりと暮らしていた。ある日、屋敷へ入り込んできた二人の少年――華やかなクリストファーと知的なマルセル――と仲良くなる。だが、母の死によりヴィヴィアンヌは本宅に引き取られ、二人と離れ離れに。それから数年後、ヴィヴィアンヌはある夜会で彼らに再会する。二人に求婚され、三人での逢瀬をくり返す中、優しさと愛情を与えられるのみならず、淫らな行為までしかけられ…? 配信日:2017年5月26日
杏奈 イラスト/駒田ハチ
ヴィヴィアンヌの母は男爵の愛人で、母娘は郊外の別宅でひっそりと暮らしていた。ある日、屋敷へ入り込んできた二人の少年――華やかなクリストファーと知的なマルセル――と仲良くなる。だが、母の死によりヴィヴィアンヌは本宅に引き取られ、二人と離れ離れに。それから数年後、ヴィヴィアンヌはある夜会で彼らに再会する。二人に求婚され、三人での逢瀬をくり返す中、優しさと愛情を与えられるのみならず、淫らな行為までしかけられ…? 配信日:2017年5月26日
「さあどうぞ、ヴィー王女」
「足元に気をつけて、お姫さま」
ひときわ麗しい青年二人にエスコートされ、劇場ロビー入ってきたヴィヴィアンヌを、誰もが驚きと羨望の眼差しで見た。
女性たちはクリストファーとマルセルを見て色めき立っている。
当の二人は、女性たちの視線を意識した様子もなく、ヴィヴィアンヌへ顔を向けてくる。
「ご覧よ、ヴィー王女。男どもが君のあまりの美しさに釘付けだ。ふふっ、最高の気分だね」
クリストファーに顔を寄せてささやかれると、形のいい唇が目の前に近づき、ヴィヴィアンヌの心臓は跳ね上がる。
「失敬な輩たちだ、ヴィヴィアンヌは見世物じゃないんだ。他の男が話しかけてきても、知らんふりするんだよ。いいね」
魅力的なバリトンのマルセルに耳元で話しかけられれば、背中がぞくりと震える。
クロークでケープを預けようとしたときだ。
マルセルが小ぶりなバッグを持ち、クリストファーが後ろに回ってケープを脱がせてくれた。
ケープが肩をすべると、なめらかなデコルテが露になった。
「お――」
「っ――」
クリストファーとマルセルが、同時に息を呑む。
「や、やだ。やっぱりこんな大人っぽいドレス、似合わなかったかしら……」
恥ずかしさに胸元を隠すと、二人ははっとした後で、にこやかな表情を取り戻す。
「いや、とてもよく似合っている。このあいだのドレスも素敵だったけど、今夜の君は、すごく色っぽくてくらくらするな」
額に手を当てたクリストファーが目を回す振りをし、マルセルはまぶしげに目を細める。
「こんなに素敵な大人の女性に成長したなんて――ますます他の男の視線に晒すのは、耐え難いね。独り占めしたいよ」
ヴィヴィアンヌはほっとして顔を綻ばせた。
すると二人は両脇からヴィヴィアンヌの腕を取り、少し強引にエスコートしてくる。
「さあ、とっととボックス席に行こう」
「その通りだ」
ヴィヴィアンヌは攫われるようにして、二階のボックス席へ収まった。
扉が閉まると、まだ開幕前のボックス席は薄暗い。
二人はヴィヴィアンヌを中央の席に座らせ、左にクリストファー、右にマルセルが座った。
「すごく立派な劇場ね。今日の演目の『ドン・カルロ』って、わたしは初めて観るの。どんなお話なのかしら」
ヴィヴィアンヌはバッグから小さなオペラグラスを取り出しつつ、声を弾ませる。
「ありていに言ってしまえば、三角関係のお話さ。スペインの王子カルロとフランスの王女エリザベッタは愛し合っていたんだが、彼女は政略結婚でスペイン王妃になってしまう。つまり、愛する女性が父親と結婚してしまうのさ。だけど、二人は恋心を抑えきれないんだ――これ、お上がりよ」
クリストファーは上着の内ポケットから、チョコレート入りの小箱を取り出し、ボックス席の手すりに置いた。
「うれしい、わたしの大好きなリンツのチョコレート! ――じゃあ、かわいそうな恋人たちのお話なのね」
すると、いつのまに買っていたのか、マルセルがパンフレットを差し出してくる。
「いや。愛する人の気持ちが自分に向かないという、父フィリッポ二世の悲恋でもあるんだ」
パンフレットを受け取ったヴィヴィアンヌは、なるほどとうなずく。
「そう、そうよね――愛し合ってもかなわないのと、どんなに愛しても相手の心に届かないのと、どちらが苦しいのかしらね……」
小さくつぶやき、パンフレットをめくろうとした時だった。
頬がちくちくするほどの視線を二人から感じて、たじろいでしまう。
「俺はどちらもごめんだな。愛する人の気持ちは、必ず手に入れる」
クリストファーが手すりに頬杖をつくと、さらりと長めのブロンドが秀でた額に垂れかかって艶かしい。
「私も同意見だ。心を捧げる女性とは永遠に結ばれたい」
腕を組み、座席に深くもたれたマルセルの知性に溢れた横顔は、陰影を帯びて美しい。
ヴィヴィアンヌは思わず開いたパンフレットに顔を埋めた。
せわしなく高まる鼓動が治まらない。
彼らがヴィヴィアンヌに優しくしてくれて、好きだと言ってくれるのは、きっと幼馴染の仲良しだからだ。
(お父様は、わたしに選択肢があるみたいにおっしゃったけど、それは違う。ほんとうに好きな女性とだったら、一対一で誘うもの)
ずっと会いたかった彼らに再会し、また交流できる喜びに浮かれていたが、年頃の男女のこんな関係が長続きするはずがない。
ほんのひととき限りの得がたい幸せなのだ――そう思うと胸が引き絞られるように痛む。
やがて開演のベルが鳴り、劇場全体の明かりがすうっと暗くなった。
ヴィヴィアンヌは舞台へ集中しようと気を取り直す。
オーケストラの演奏が始まり、カルロ役の俳優が歌いだした。と、手すりへ置いた左手をそっと握られる。
クリストファーだ。
すべらかな彼の手がヴィヴィアンヌの手を包み込んでくる。
その感触に、身体中がかあっと熱くなった。
「――」
ヴィヴィアンヌは振り払うこともできず、わずかに身をこわばらせる。
すると、右側からも手が伸び、おもむろに肩へ触れてきた。
マルセルだ。
骨ばって長い指が、剥き出しのなだらかな肩から二の腕に沿い、ゆっくりと撫で下ろしてくる。肌がぞわっと粟立ち、ますます身体が火照ってくる。
(だめ……二人とも――どうして……!?)
ヴィヴィアンヌは動揺を押し隠し、必死に舞台へ集中しようとした。
だが、どうしても二人の手の感触や動きを意識してしまう。
クリストファーはヴィヴィアンヌの手をおもむろに引き寄せ、手の甲へ唇をそっと押し付けてきた。
「っ――」
彼は繰り返し口づけを落とし、それから指先、手のひら、手首まで唇で触れてくる。
しまいには人差し指を口に含まれた。
「!」
ぬるついて熱い口腔で、クリストファーの舌先にちろちろと指を擽られる。むず痒いような刺激がそこから全身に広がり、ヴィヴィアンヌは息を詰め、悩ましい感覚に耐えていた。
一方、手首まで下りてきたマルセルの手は、再び肩へ向かって肌を撫で上げていき、そのままそろそろと胸元へ這わされる。
「ぁ――」
「足元に気をつけて、お姫さま」
ひときわ麗しい青年二人にエスコートされ、劇場ロビー入ってきたヴィヴィアンヌを、誰もが驚きと羨望の眼差しで見た。
女性たちはクリストファーとマルセルを見て色めき立っている。
当の二人は、女性たちの視線を意識した様子もなく、ヴィヴィアンヌへ顔を向けてくる。
「ご覧よ、ヴィー王女。男どもが君のあまりの美しさに釘付けだ。ふふっ、最高の気分だね」
クリストファーに顔を寄せてささやかれると、形のいい唇が目の前に近づき、ヴィヴィアンヌの心臓は跳ね上がる。
「失敬な輩たちだ、ヴィヴィアンヌは見世物じゃないんだ。他の男が話しかけてきても、知らんふりするんだよ。いいね」
魅力的なバリトンのマルセルに耳元で話しかけられれば、背中がぞくりと震える。
クロークでケープを預けようとしたときだ。
マルセルが小ぶりなバッグを持ち、クリストファーが後ろに回ってケープを脱がせてくれた。
ケープが肩をすべると、なめらかなデコルテが露になった。
「お――」
「っ――」
クリストファーとマルセルが、同時に息を呑む。
「や、やだ。やっぱりこんな大人っぽいドレス、似合わなかったかしら……」
恥ずかしさに胸元を隠すと、二人ははっとした後で、にこやかな表情を取り戻す。
「いや、とてもよく似合っている。このあいだのドレスも素敵だったけど、今夜の君は、すごく色っぽくてくらくらするな」
額に手を当てたクリストファーが目を回す振りをし、マルセルはまぶしげに目を細める。
「こんなに素敵な大人の女性に成長したなんて――ますます他の男の視線に晒すのは、耐え難いね。独り占めしたいよ」
ヴィヴィアンヌはほっとして顔を綻ばせた。
すると二人は両脇からヴィヴィアンヌの腕を取り、少し強引にエスコートしてくる。
「さあ、とっととボックス席に行こう」
「その通りだ」
ヴィヴィアンヌは攫われるようにして、二階のボックス席へ収まった。
扉が閉まると、まだ開幕前のボックス席は薄暗い。
二人はヴィヴィアンヌを中央の席に座らせ、左にクリストファー、右にマルセルが座った。
「すごく立派な劇場ね。今日の演目の『ドン・カルロ』って、わたしは初めて観るの。どんなお話なのかしら」
ヴィヴィアンヌはバッグから小さなオペラグラスを取り出しつつ、声を弾ませる。
「ありていに言ってしまえば、三角関係のお話さ。スペインの王子カルロとフランスの王女エリザベッタは愛し合っていたんだが、彼女は政略結婚でスペイン王妃になってしまう。つまり、愛する女性が父親と結婚してしまうのさ。だけど、二人は恋心を抑えきれないんだ――これ、お上がりよ」
クリストファーは上着の内ポケットから、チョコレート入りの小箱を取り出し、ボックス席の手すりに置いた。
「うれしい、わたしの大好きなリンツのチョコレート! ――じゃあ、かわいそうな恋人たちのお話なのね」
すると、いつのまに買っていたのか、マルセルがパンフレットを差し出してくる。
「いや。愛する人の気持ちが自分に向かないという、父フィリッポ二世の悲恋でもあるんだ」
パンフレットを受け取ったヴィヴィアンヌは、なるほどとうなずく。
「そう、そうよね――愛し合ってもかなわないのと、どんなに愛しても相手の心に届かないのと、どちらが苦しいのかしらね……」
小さくつぶやき、パンフレットをめくろうとした時だった。
頬がちくちくするほどの視線を二人から感じて、たじろいでしまう。
「俺はどちらもごめんだな。愛する人の気持ちは、必ず手に入れる」
クリストファーが手すりに頬杖をつくと、さらりと長めのブロンドが秀でた額に垂れかかって艶かしい。
「私も同意見だ。心を捧げる女性とは永遠に結ばれたい」
腕を組み、座席に深くもたれたマルセルの知性に溢れた横顔は、陰影を帯びて美しい。
ヴィヴィアンヌは思わず開いたパンフレットに顔を埋めた。
せわしなく高まる鼓動が治まらない。
彼らがヴィヴィアンヌに優しくしてくれて、好きだと言ってくれるのは、きっと幼馴染の仲良しだからだ。
(お父様は、わたしに選択肢があるみたいにおっしゃったけど、それは違う。ほんとうに好きな女性とだったら、一対一で誘うもの)
ずっと会いたかった彼らに再会し、また交流できる喜びに浮かれていたが、年頃の男女のこんな関係が長続きするはずがない。
ほんのひととき限りの得がたい幸せなのだ――そう思うと胸が引き絞られるように痛む。
やがて開演のベルが鳴り、劇場全体の明かりがすうっと暗くなった。
ヴィヴィアンヌは舞台へ集中しようと気を取り直す。
オーケストラの演奏が始まり、カルロ役の俳優が歌いだした。と、手すりへ置いた左手をそっと握られる。
クリストファーだ。
すべらかな彼の手がヴィヴィアンヌの手を包み込んでくる。
その感触に、身体中がかあっと熱くなった。
「――」
ヴィヴィアンヌは振り払うこともできず、わずかに身をこわばらせる。
すると、右側からも手が伸び、おもむろに肩へ触れてきた。
マルセルだ。
骨ばって長い指が、剥き出しのなだらかな肩から二の腕に沿い、ゆっくりと撫で下ろしてくる。肌がぞわっと粟立ち、ますます身体が火照ってくる。
(だめ……二人とも――どうして……!?)
ヴィヴィアンヌは動揺を押し隠し、必死に舞台へ集中しようとした。
だが、どうしても二人の手の感触や動きを意識してしまう。
クリストファーはヴィヴィアンヌの手をおもむろに引き寄せ、手の甲へ唇をそっと押し付けてきた。
「っ――」
彼は繰り返し口づけを落とし、それから指先、手のひら、手首まで唇で触れてくる。
しまいには人差し指を口に含まれた。
「!」
ぬるついて熱い口腔で、クリストファーの舌先にちろちろと指を擽られる。むず痒いような刺激がそこから全身に広がり、ヴィヴィアンヌは息を詰め、悩ましい感覚に耐えていた。
一方、手首まで下りてきたマルセルの手は、再び肩へ向かって肌を撫で上げていき、そのままそろそろと胸元へ這わされる。
「ぁ――」