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官女狩り
~皇帝の閨を彩る書~
依田ザクロ イラスト/氷堂れん
名家の令嬢・春来は書家を夢見るも、両親から反対される。ある日、春来は憧れの書家の碑石を見るため、異母弟に成りすまして潜入した宮城で、やはり事情があって書家になれないという少女と出会う。お互いがんばろうと別れてから幾星霜。都では、若い娘をさらって後宮に入れる官女狩りが横行していた。官女狩りに遭った春来は文字を書き散らした閨事の教本がきっかけで皇帝に気に入られて、あれよあれよという間に抱かれてしまうが…? 配信日:2019年12月20日 


 四面を水晶の簾で囲われた部屋の中は、日暮れだというのに白昼のごとく明るい。天井は鮮やかな朱塗りの梁で飾られ、梁には五色の糸で編んだ香球が等間隔で四つ並び、馥郁たる蘭麝の香りを放っている。
 さすがは東洋一の大国、陶の後宮である。皇后に次ぐ位である貴妃の住まいは、どこを切り取っても豪奢だ。
 象牙を張った滑らかな床の中央には、黒檀の文机が据えられている。机上にはたっぷりと墨液が注がれた白磁の硯がのる。
 豚の毛でつくられた最高級の筆は……そこにはない。なぜなら、後宮の主である皇帝、黒祐阮の手に握られているからだ。
「体で覚えるんだ、春来」
 若々しいながらも威厳のある低音が頭上から降ってくる。
 と同時に、ひんやりとした穂先が裸身の肩へふれた。
「ひゃ……っぁん」
 直截的な刺激が、今、自分がおかれているおかしな状況を改めて認識させる。
 春来はすべての衣をはぎとられ、床へあおむけに寝かされていた。環状に大きく結い上げた漆黒の髷はつぶれ、中途半端に乱れて散らばっている。肩先には墨で書かれた『隆』の文字が浮かび上がっている。体の下へ敷かれているのは書道用の細長の毛氈だ。背中がわずかにちくちくする。
 まるで紙になった心地で見上げる。そこには、愛しい夫である祐阮が、自分をまたいで立っていた。
「じっとしてろ。揺れると書きにくい」
 即位してたった二年で、十年ものあいだ続いていた対外戦争に決着をつけた若き皇帝は、武王と称され国内外に恐れられている。しかしながら、間近に見れば恐ろしさとは正反対の容貌をしていることに気づかされる。
 涼やかな切れ長の目には色香が漂い、端整な鼻筋と引き締まった口もとは名工の手による芸術品のごとく繊細な美を放つ。けれども、体つきはよく鍛えられた武人のものだ。筆を握る右腕は袍の袖がまくられており、隆々とした筋肉が見てとれる。
 いったん離れた筆が、再び近づいてくる。
 今度は鎖骨のあたりで穂先が躍った。『慶』と記される。
「ぁ……っ、んっ、んっ」
 慶は画数が多い字だ。こしのある筆先が柔肌を行ったり来たりするたび、くすぐったさにふるえてしまう。
「どうだ。ただ見て字体を学ぶよりも、体で感じたほうがしっかりと習得できるだろう」
「え、ええ……っ」
 春来は祐阮の手助けのもと、とある書体の練習をしていた。しかし、なかなかうまく書けない。しびれをきらした祐阮に「もっと効果的な方法で教えてやる」と衣を剥がされてしまったのだ。春来を床へ寝かせると彼はあろうことか、直に肌へ文字を書きはじめた。
「次は『宮』だ」
 左胸のふくらみへ毛先がちょん、とふれた。
 とたん、くすぐったさとは違う妙な疼きが湧き上がる。連動して左脚がびくびくっと反応した。
「あっ、やぁ……っ」
 乳房に帽子を描くようにウかんむりが書かれた。甘い歓喜の芽生えに産毛が逆立つ。穂先がもたらす刺激は、夜毎抱かれて官能のしみ込んだ体には甘すぎる。
「どうした? かわいい声が聞こえたぞ」
 いたずらめかした口調で指摘され、頬をかっと赤らめる。
「な、なんでもな……いわ」
「そうか? じゃ、次」
 なだらかな曲線をなぞって一つ目の『口』が記される。
 強くはなく、かといって弱くもない筆圧が体に小さな火をつける。口ではなんでもないと否定しておきながら、体はごまかせない。乳房の中央で薄紅色の頂はきゅっとすぼまり、すっかり硬くなってしまった。
 だめ、これ以上は。
 下腹部へ力を入れて、なんとか快感を逃そうと努力する。
 しかし――、
 いよいよ穂先が乳首へ到達する。『口』と『口』を結ぶ払いを書くために、毛先が突起を撫でた。
「はぁぁ……っん!」
 快感がびりっと弾ける。思わず上体を反らした。
 衝撃はお腹や腰まで響き、内側がむずむずする。
 早く次を書いて。じゃないと私――。
 願うようにぎゅっと目を閉じる。
 けれども、無慈悲な声が降り注いできた。
「うーん、だめだな。凹凸のせいでうまく墨が乗らない。もう一回なぞってみるか」
 平然と硯で筆を整え、毛先を再度尖らせる。先端で弄ぶふうに乳首を払われた。何度も、何度も。
「やっ、だ……めぇっ、それ……っ」
 ちくちくとした毛束が敏感な粒を嬲る。墨を乗せるためとはいえ、運筆がゆっくりすぎる。きわどい喜悦が背を駆け上り、悩ましい嬌声を漏らしてしまう。
 我慢しようとしてもしきれない。じわじわとたまっていく喜悦が爆発しそうで身悶えた。
「動くなって」
 彼の無骨な左手が伸びてきた。浮き上がる紙を押さえるふうに反対の乳房を手のひらで包んでくる。
「ぁ……、ん……っ」
 かさついた皮膚から熱が伝わってくる。ただ動かないように留められているだけなのに、押しつぶされてたわんだ胸の中では乳首が勃ちあがった。ほんのすこし揺り動かされただけで、じん、と甘い衝撃が生まれる。連動して下肢が蜜を滲ませた。
「あぁんっ、あ、は……ぁっ」
 筆先で左の乳首をくりくりと転がされ、大きな手で右のふくらみを揉みしだかれ、二つの心地よさに翻弄される。
 頭がぼうっとしてきた。すでに字体を覚えるどころではない。
 続けて『霊泉銘』と三文字書いたあと、祐阮は真顔になって春来を覗き込んでくる。
「やっぱりおまえ、おかしいぞ。大きな瞳を潤ませて、息を荒くして……、房事の最中と同じ色っぽい顔をしている」
「……っ」
 していない、とは言えなかった。
 それでも、認めるのはいやで首を振る。
「否定されてもなあ。匂いがするし」
「……っ!」
「甘い、熟した桃みたいな……ここの香り」
 筆を持つ手と反対の手で右脚が持ち上げられる。
「きゃっ……」
 暴かれた下肢の中央はすっかり濡れそぼっていた。認めたくはないが、連日の愛撫ですっかり開発された体は、あまりにたやすく歓びを感じてしまう。
「ふれてもいないのにぐしょぐしょだ」
「や、やだ……ぁっ」
 羞恥に耳まで赤くなる。乳房を少し刺激されただけで、すっかり火照ってしまった体がうらめしい。
 字を教えてもらっているというのに、なんてことだろう。
「かわいいおまえを見ていると、俺もむらむらしてくる。な、書はいったん仕舞にして、閨へ移動しないか?」
 閨へ連れ込まれたら、夜更けまで抱きつぶされるのは目に見えていた。解放されるころには体の隅々まで疲労が蓄積されており、書を続けるどころではないだろう。
「や……、だめっ。時間、ないのに……っ」
「とはいっても、こんなに濡れていたら、滑ってうまく字が書けない」
「でも、でも……」
 懇願の意を込め、うっすらと涙の膜が張った目で見上げる。視線が交差すると、彼は小さくため息をついて優しくほほ笑んだ。
「わかったよ。ごめんな。おまえがかわいいから、ついからかってしまう。続き、教えてやるから」
「あ……」
 これは、春来が好きな表情だ。
 女ながらに書家を目指すという夢を聞いて、彼は嗤うどころか応援してくれた。包み込むような笑顔で鼓舞してくれた。
 出会った当初は無理やり後宮官女にされて反発しかなかったが、今はもうそんな気持ちはすっかり消え失せた。
 彼のことが、好き。
 だから、皇后として認められるためにこの勉強が必要なのだ。
「お願い……教えて」