苺姫と堅物騎士の恋の手引き
~眠れる乙女の純潔~
しらせはる イラスト/四位広猫
堅物な騎士・グウェンは、ひょんなことから美少女の幽霊・アンジェリーナと出会い、キスをしてしまう。
「恋がしたい」という彼女に懇願され、成仏するまで恋人ごっこをすることに。
天真爛漫なアンジェリーナはキス以上のこともグウェンに求めてきて……?
発売日:2013年2月5日
~眠れる乙女の純潔~
しらせはる イラスト/四位広猫
堅物な騎士・グウェンは、ひょんなことから美少女の幽霊・アンジェリーナと出会い、キスをしてしまう。
「恋がしたい」という彼女に懇願され、成仏するまで恋人ごっこをすることに。
天真爛漫なアンジェリーナはキス以上のこともグウェンに求めてきて……?
発売日:2013年2月5日
奇妙なことに、脇にどけられた墓標にはなんのしるしもなかった。
代わりに、棺の蓋の裏に文字が浮かびあがってみえる。廃墟の湿気で表面がかびていたが、指でたどるとなんとか読むことができた。
「なんだ? 『アンジェリーナ、の……眠りを、妨げることなかれ』」
アンジェリーナ――それが、この長い髪の主か。美しい名に、美しい髪……どのような貴婦人だったのかと思いをはせていると、ふいに糸がきらめきを強めて、溶けるように消えた。
そして、
「お呼びかしら」
「っ!」
気配はなかった。なのに、後ろをとられた。グウェンは飛びのいたが……のいた先に棺の蓋があり、つまずいた。あっ、と、思ったときには腰をしたたか棺の底に打ちつけている。痛みに目が眩んだが、
「まあ、大変」
軽やかな……小鳥のさえずりのような優しい声がそばで聞こえ、柔らかい、苺の香りのする滑らかな手がグウェンの頬を包みこんだ。
墓穴はグウェンの体には小さすぎたため、棺に腰だけがすっぽりはまったみっともない格好である。そんな彼を間近からのぞきこんでいるのは、妙齢の女性だ。
少女と呼んでもいいかもしれない。
ともかく小柄で……髪が長い。結わずに垂らした髪は華奢な体をヴェールのように覆っていた。
身にまとっているのは白っぽい夜着で、飾り気はないが上質な絹を使っているとわかる。
あらわな鎖骨。そしてその――愛らしい、顔だち。大きな目は邪気のかけらもなく、まっすぐにグウェンを見つめてくる。
「大丈夫でしょうか、騎士様? ……あなたは騎士様ですよね?」
「アルバ国王の騎士、グウェンだ。悪いが――顔を覗きこむよりも私の上からどいて、手を引いてくれまいか?」
「あっ、そうですね。すみません、気がきかなくて……」
ひらりと身を引いて、代わりにグウェンの右手を両手で包みこむ。よいしょ、よいしょ、と引っぱってくれているらしいが、子猫がじゃれつく程度の非力さだ。
(……仕方ないな)
グウェンは溜息をついた。左肘を穴の縁にのせ、ぐっと力をこめたとき、
「わたしはアンジェリーナです、グウェン様」
「アンジェリーナだと?」
「はい。家名は覚えておりませんけれど……あっ」
グウェンの体が穴から抜ける。同時に、アンジェリーナが思いっきり右手を引っぱったために勢いがつき、大男の体が前につんのめった。少女の顔が目の前に迫る……あっと思ったときにはもう、苺色の小さな唇に、グウェンの唇が覆いかぶさっていた。
「……!」
「っ……」
二人とも、驚きすぎて声も出せない。間近で見ても少女の目は澄んでいて、睫毛は長く……瑞々しい唇の味がグウェンの口を潤した。
「んく…………」
生まれてはじめて味わう、繊細な柔らかさだった。
体勢が悪くて、すぐに離れられない。グウェンの右手は少女の両手のなかにあり、左手はふわふわの髪にさしこんで頼りなげな体を床に打ちつけないように支えている。
なんて、骨が細いのだろう。
なんて、肉が薄いくせに柔らかいのか。
この、唇は……黙っていてもグウェンの唇に吸いついてくる。淡雪のように、触れているところから溶けそうなくらいに危うい感触で――吐息は感じられなかった。
息ができないのかと心配になり、顔の角度を変えて唇をずらした。
ちゅ、とわずかな音が響く。
アンジェリーナが切なげに顔をしかめ、
「ふ……ぅ、あ……」
つるつるした舌が、グウェンの唇を押した。いじらしい抵抗だ。いじらしい抵抗だ。グウェンは唇で少女の舌をはさむ。吸うと、手のなかの細い体がびくっと震えた。
「ぁ……」
体温があがる……少女も、自分も。肘をつかむだけでは物足りなくなり、ふわふわと落ちかかってくる髪に手を滑らせ、抱きしめかけて――我に返った。
(いま、私は、なにを……?)
清廉の騎士にあるまじきことを。生まれてはじめての――少女との口づけを。
全身が燃えるように火照ったが、理性はなんとか取り戻すことができた。
(いまのは事故だ! 落ちつけ。いまこそ冷静になるのだ、グウェンよ)
自分は、騎士。か弱き女性を守ることこそ役目。いまの失態がこの女性の汚点になるようなことがあってはならない。
ゆっくりと、少女の腕を押して身を起こさせ、唇のあいだにわずかな距離を保ちながら、
「失敬。アンジェリーナどの……お怪我はありませんか」
少女の大きな両目はとっくに涙の粒を浮かべていた。グウェンが見る間に、子供のように泣きじゃくりだす。
「どうした! どこか痛いのか!」
「違うの」
アンジェリーナは大きくしゃくりあげ、
「うれしくて……」
「うれ……うれしい?」
(私との口づけが?)
「だって、ずっと……ここにいるあいだずっと、どなたも、呼びかけても振り向いてさえくれなかったのですもの。なのに、こんなふうにお話ができて、心配までしていただけるなんて感激ですわ」
「そ、そうか、そういうことならば、悪い気はしないが」
「それにたぶん、はじめて口づけたかたが素敵なかたでよかった」
それも言うのか! グウェンの頭に血がのぼり、ぐらぐらしながら、
「は、はじめて、か。たぶん? だと、それは、それで……」
自分も、たぶん(母親や乳母にそうされたかどうか記憶はない)女性と口づけたのははじめてだと……言えるわけがない! アルバ国王の騎士ともあろうものが!
代わりに、棺の蓋の裏に文字が浮かびあがってみえる。廃墟の湿気で表面がかびていたが、指でたどるとなんとか読むことができた。
「なんだ? 『アンジェリーナ、の……眠りを、妨げることなかれ』」
アンジェリーナ――それが、この長い髪の主か。美しい名に、美しい髪……どのような貴婦人だったのかと思いをはせていると、ふいに糸がきらめきを強めて、溶けるように消えた。
そして、
「お呼びかしら」
「っ!」
気配はなかった。なのに、後ろをとられた。グウェンは飛びのいたが……のいた先に棺の蓋があり、つまずいた。あっ、と、思ったときには腰をしたたか棺の底に打ちつけている。痛みに目が眩んだが、
「まあ、大変」
軽やかな……小鳥のさえずりのような優しい声がそばで聞こえ、柔らかい、苺の香りのする滑らかな手がグウェンの頬を包みこんだ。
墓穴はグウェンの体には小さすぎたため、棺に腰だけがすっぽりはまったみっともない格好である。そんな彼を間近からのぞきこんでいるのは、妙齢の女性だ。
少女と呼んでもいいかもしれない。
ともかく小柄で……髪が長い。結わずに垂らした髪は華奢な体をヴェールのように覆っていた。
身にまとっているのは白っぽい夜着で、飾り気はないが上質な絹を使っているとわかる。
あらわな鎖骨。そしてその――愛らしい、顔だち。大きな目は邪気のかけらもなく、まっすぐにグウェンを見つめてくる。
「大丈夫でしょうか、騎士様? ……あなたは騎士様ですよね?」
「アルバ国王の騎士、グウェンだ。悪いが――顔を覗きこむよりも私の上からどいて、手を引いてくれまいか?」
「あっ、そうですね。すみません、気がきかなくて……」
ひらりと身を引いて、代わりにグウェンの右手を両手で包みこむ。よいしょ、よいしょ、と引っぱってくれているらしいが、子猫がじゃれつく程度の非力さだ。
(……仕方ないな)
グウェンは溜息をついた。左肘を穴の縁にのせ、ぐっと力をこめたとき、
「わたしはアンジェリーナです、グウェン様」
「アンジェリーナだと?」
「はい。家名は覚えておりませんけれど……あっ」
グウェンの体が穴から抜ける。同時に、アンジェリーナが思いっきり右手を引っぱったために勢いがつき、大男の体が前につんのめった。少女の顔が目の前に迫る……あっと思ったときにはもう、苺色の小さな唇に、グウェンの唇が覆いかぶさっていた。
「……!」
「っ……」
二人とも、驚きすぎて声も出せない。間近で見ても少女の目は澄んでいて、睫毛は長く……瑞々しい唇の味がグウェンの口を潤した。
「んく…………」
生まれてはじめて味わう、繊細な柔らかさだった。
体勢が悪くて、すぐに離れられない。グウェンの右手は少女の両手のなかにあり、左手はふわふわの髪にさしこんで頼りなげな体を床に打ちつけないように支えている。
なんて、骨が細いのだろう。
なんて、肉が薄いくせに柔らかいのか。
この、唇は……黙っていてもグウェンの唇に吸いついてくる。淡雪のように、触れているところから溶けそうなくらいに危うい感触で――吐息は感じられなかった。
息ができないのかと心配になり、顔の角度を変えて唇をずらした。
ちゅ、とわずかな音が響く。
アンジェリーナが切なげに顔をしかめ、
「ふ……ぅ、あ……」
つるつるした舌が、グウェンの唇を押した。いじらしい抵抗だ。いじらしい抵抗だ。グウェンは唇で少女の舌をはさむ。吸うと、手のなかの細い体がびくっと震えた。
「ぁ……」
体温があがる……少女も、自分も。肘をつかむだけでは物足りなくなり、ふわふわと落ちかかってくる髪に手を滑らせ、抱きしめかけて――我に返った。
(いま、私は、なにを……?)
清廉の騎士にあるまじきことを。生まれてはじめての――少女との口づけを。
全身が燃えるように火照ったが、理性はなんとか取り戻すことができた。
(いまのは事故だ! 落ちつけ。いまこそ冷静になるのだ、グウェンよ)
自分は、騎士。か弱き女性を守ることこそ役目。いまの失態がこの女性の汚点になるようなことがあってはならない。
ゆっくりと、少女の腕を押して身を起こさせ、唇のあいだにわずかな距離を保ちながら、
「失敬。アンジェリーナどの……お怪我はありませんか」
少女の大きな両目はとっくに涙の粒を浮かべていた。グウェンが見る間に、子供のように泣きじゃくりだす。
「どうした! どこか痛いのか!」
「違うの」
アンジェリーナは大きくしゃくりあげ、
「うれしくて……」
「うれ……うれしい?」
(私との口づけが?)
「だって、ずっと……ここにいるあいだずっと、どなたも、呼びかけても振り向いてさえくれなかったのですもの。なのに、こんなふうにお話ができて、心配までしていただけるなんて感激ですわ」
「そ、そうか、そういうことならば、悪い気はしないが」
「それにたぶん、はじめて口づけたかたが素敵なかたでよかった」
それも言うのか! グウェンの頭に血がのぼり、ぐらぐらしながら、
「は、はじめて、か。たぶん? だと、それは、それで……」
自分も、たぶん(母親や乳母にそうされたかどうか記憶はない)女性と口づけたのははじめてだと……言えるわけがない! アルバ国王の騎士ともあろうものが!