野獣は黄昏の森で愛に出逢う
花衣沙久羅 イラスト/緒田涼歌
ウェセックス領主の兄を喪い、男装して領主の身代わりにされてしまったダーナ。味方のいない日々に傷つき、孤独を癒すために夜ごと森をさまよう。森で出会った男性に激しく求められ、初めての恋を知ったダーナだが、彼の正体が、宿 敵ブリンモアの領主グリフィスだと知ってしまい…!? 発売日:2013年6月4日
花衣沙久羅 イラスト/緒田涼歌
ウェセックス領主の兄を喪い、男装して領主の身代わりにされてしまったダーナ。味方のいない日々に傷つき、孤独を癒すために夜ごと森をさまよう。森で出会った男性に激しく求められ、初めての恋を知ったダーナだが、彼の正体が、宿 敵ブリンモアの領主グリフィスだと知ってしまい…!? 発売日:2013年6月4日
「もう一度訊く。何をしに来た? ダーナ」
名を呼ぶ声は、ダーナの口の中に吸い込まれる。
気づけば唇を奪われていた。
大きくのけぞらされた身体は、グリフィスの鍛えられた腕にたやすく捕らえられる。
腕という檻に囚われて、ダーナはめまいを覚えた。
「これは、ウェントワース側の差し金か?」
「え…?」
激しすぎるキスに翻弄されていて、ダーナは一瞬、彼が何を言ったかまったくわからない。
グリフィスはキスをやめずに、ダーナの口の中に言った。
「女を送り込んで、俺を籠絡させようとしたか」
「んん…っ」
「ダーナ」
攻撃的なキスに身悶えて喘ぐダーナに、グリフィスが残酷に訊く。
「おまえは娼婦か」
「! ちがう!」
ダーナは全身に力をこめてグリフィスの腕を振り払った。
そんなふうに思われたなんて、あんまりだ。
必死の顔をして仮面のグリフィスを見上げると、ダーナは叫んだ。
「ちがうよ! わたし、レドワルドの双子の妹なの! レドが……あの、具合が良くなくて、代わりに、領主の仕事をやりにきたの!」
レドワルドが死んだとは言えなかった。そこだけ、理性が働いた。
ウェントワースの民のためには、領主の不在を敵の領主に悟られるわけにはいかない。
「嘘をついたのは悪かったけど、だましたかったわけじゃないんだよ! ほんとうに、ちゃんと和平交渉がしたくて…」
「そんな戯言(たわごと)を信じろというのか?」
恐ろしいほど低い声で返されて、ダーナは息をのんだ。
「無理だな」
仮面の男は死ぬほど冷たくダーナを見下ろしている。
ダーナはぞっとした。
これが、ビー? あんなにやさしかった、わたしのビーなの?
「ウェントワースの領主が双子だなどという情報も、こちらには上がってきていない」
「え…っ」
これにはさすがにダーナも衝撃を受ける。
ウェントワースの城では、母にさえ疎まれ、いないも同然に扱われてきた。
だが、まさか本当に、存在をなかったことにされていたなんて知らなかった。
「つまりおまえは、最初から俺をだますために、この城に入り込んできたということだ」
「ち、ちが…」
「ダーナ。ダーナ」
混乱して首を振るダーナを抱きしめ、そのままダーナの身体をなぞって滑り落ちてゆく。
そうしてグリフィスは床にひざをつき、まるで許しを請うかのようにダーナの両脚にすがりついて言った。
「これ以上嘘を重ねて、俺を怒らせるな」
すがられているのに、そんなふうに脅されて、ダーナはおびえる。
「おっ、怒るの、むりないと思うけど、でもわたし、嘘ついてないよ…!」
「ダーナ」
仮面の男が見上げてくる。
ダーナはふるえながら彼を見つめた。
恐ろしい仮面も、ダーナには恐ろしくない。
恐ろしいのはただ、愛を信じてもらえなくなること。
そして、男は告白する。
「俺が城を抜け出して、シーシュモスの森を彷徨うとき、俺の目には何も映らなかった。時々は身体じゅう泥だらけになっていても、何も覚えていないことさえある。徘徊をやめたいと心から願ったが、気づけば森にいる。自分でもどうしようもない。俺は病なのだと思っていた。だが、おまえに逢ってからは違った。ダーナ。俺はいつもおまえを思い出した。思い出せば、荒れた心も落ち着いた」
戦いに明け暮れ、ささくれ立った魂も、森の妖精に癒やされた。
「ダーナ、俺のダーナ。森で逢うおまえは俺の妖精だった。俺の天使だった。おまえに逢ってさえいれば、俺は自分の罪を忘れられた。俺の醜さも何もかも、なかったことにできた…!」
「ビー…」
「だが、おまえは裏切った。森で逢ったときから、俺の正体に気づいていたのか? そうだ。シーシュモスの野獣の噂は、当然ウェントワースにも届いていたな。ウェントワース側の人間であるおまえが、知らないはずはなかった。おまえは弱っている俺をたぶらかすために…」
「やだ、やめて!」
ダーナは両耳を押さえて思いやりのない言葉を拒絶し、身体を二つに折って叫ぶ。
「裏切ってない…! 裏切ったりしてないよ! ビー!」
「ビーなどと呼ぶなと言った…!」
荒れくるう魂を抑えきれずにグリフィスが立ち上がり、ダーナの肩をつかんで揺さぶる。
「下手な変装などして、俺がおまえを見抜けないと思ったか? 俺がどれほど、おまえに逢いたいと思っていたか、おまえにわかるか?」
「わ、わたしだって逢いたかった。いつも、逢いたいよ、ビー!」
「嘘はやめろ!」
空気を振動させるような怒号に、ダーナはぎゅっと目をつぶった。
「もうたくさんだ…!」
「ビー、信じて」
信じて。信じて。わたしを信じて。
言いながら、涙がこぼれ落ちてくる。
でもほんとうに、信じてほしいだけ。愛していたことを。
「あなたがブリンモアの領主だなんて、わたし、ぜんぜん知らなかっ…」
「黙れ! ダーナ! 今のおまえからは悪意しか感じない!」
「そんな」
ぽろぽろ泣きながら、ダーナは首を振った。
「悪意なんて持ってな……、きゃあ…っ!」
荒ぶるダーナの神が、ダーナを抱きあげ、そのまま乱暴に寝台へと放り出す。
ダーナは抗って寝台から下りようとしたが、すぐさま男の熱い体に動きを封じられた。
「ビー…ッ!」
「グリフィスと呼べ」
絶対の命令形で言われて、ダーナが青ざめる。
ダーナの上にのしかかるグリフィスの身体は、今や炎の塊かと思うほど熱い。
大きすぎるほどの逞しい身体を強引に割り込ませ、ダーナの華奢な両脚を開かせる。
おびえて逃げようとするダーナの頭を押さえつけ、グリフィスは彼女の耳元に低く唸るようにしてささやいた。
「俺は俺の仕事をこなす。おまえはおまえの仕事をやればいい。簡単だろう? 娼婦の仕事は慣れているのでは?」
名を呼ぶ声は、ダーナの口の中に吸い込まれる。
気づけば唇を奪われていた。
大きくのけぞらされた身体は、グリフィスの鍛えられた腕にたやすく捕らえられる。
腕という檻に囚われて、ダーナはめまいを覚えた。
「これは、ウェントワース側の差し金か?」
「え…?」
激しすぎるキスに翻弄されていて、ダーナは一瞬、彼が何を言ったかまったくわからない。
グリフィスはキスをやめずに、ダーナの口の中に言った。
「女を送り込んで、俺を籠絡させようとしたか」
「んん…っ」
「ダーナ」
攻撃的なキスに身悶えて喘ぐダーナに、グリフィスが残酷に訊く。
「おまえは娼婦か」
「! ちがう!」
ダーナは全身に力をこめてグリフィスの腕を振り払った。
そんなふうに思われたなんて、あんまりだ。
必死の顔をして仮面のグリフィスを見上げると、ダーナは叫んだ。
「ちがうよ! わたし、レドワルドの双子の妹なの! レドが……あの、具合が良くなくて、代わりに、領主の仕事をやりにきたの!」
レドワルドが死んだとは言えなかった。そこだけ、理性が働いた。
ウェントワースの民のためには、領主の不在を敵の領主に悟られるわけにはいかない。
「嘘をついたのは悪かったけど、だましたかったわけじゃないんだよ! ほんとうに、ちゃんと和平交渉がしたくて…」
「そんな戯言(たわごと)を信じろというのか?」
恐ろしいほど低い声で返されて、ダーナは息をのんだ。
「無理だな」
仮面の男は死ぬほど冷たくダーナを見下ろしている。
ダーナはぞっとした。
これが、ビー? あんなにやさしかった、わたしのビーなの?
「ウェントワースの領主が双子だなどという情報も、こちらには上がってきていない」
「え…っ」
これにはさすがにダーナも衝撃を受ける。
ウェントワースの城では、母にさえ疎まれ、いないも同然に扱われてきた。
だが、まさか本当に、存在をなかったことにされていたなんて知らなかった。
「つまりおまえは、最初から俺をだますために、この城に入り込んできたということだ」
「ち、ちが…」
「ダーナ。ダーナ」
混乱して首を振るダーナを抱きしめ、そのままダーナの身体をなぞって滑り落ちてゆく。
そうしてグリフィスは床にひざをつき、まるで許しを請うかのようにダーナの両脚にすがりついて言った。
「これ以上嘘を重ねて、俺を怒らせるな」
すがられているのに、そんなふうに脅されて、ダーナはおびえる。
「おっ、怒るの、むりないと思うけど、でもわたし、嘘ついてないよ…!」
「ダーナ」
仮面の男が見上げてくる。
ダーナはふるえながら彼を見つめた。
恐ろしい仮面も、ダーナには恐ろしくない。
恐ろしいのはただ、愛を信じてもらえなくなること。
そして、男は告白する。
「俺が城を抜け出して、シーシュモスの森を彷徨うとき、俺の目には何も映らなかった。時々は身体じゅう泥だらけになっていても、何も覚えていないことさえある。徘徊をやめたいと心から願ったが、気づけば森にいる。自分でもどうしようもない。俺は病なのだと思っていた。だが、おまえに逢ってからは違った。ダーナ。俺はいつもおまえを思い出した。思い出せば、荒れた心も落ち着いた」
戦いに明け暮れ、ささくれ立った魂も、森の妖精に癒やされた。
「ダーナ、俺のダーナ。森で逢うおまえは俺の妖精だった。俺の天使だった。おまえに逢ってさえいれば、俺は自分の罪を忘れられた。俺の醜さも何もかも、なかったことにできた…!」
「ビー…」
「だが、おまえは裏切った。森で逢ったときから、俺の正体に気づいていたのか? そうだ。シーシュモスの野獣の噂は、当然ウェントワースにも届いていたな。ウェントワース側の人間であるおまえが、知らないはずはなかった。おまえは弱っている俺をたぶらかすために…」
「やだ、やめて!」
ダーナは両耳を押さえて思いやりのない言葉を拒絶し、身体を二つに折って叫ぶ。
「裏切ってない…! 裏切ったりしてないよ! ビー!」
「ビーなどと呼ぶなと言った…!」
荒れくるう魂を抑えきれずにグリフィスが立ち上がり、ダーナの肩をつかんで揺さぶる。
「下手な変装などして、俺がおまえを見抜けないと思ったか? 俺がどれほど、おまえに逢いたいと思っていたか、おまえにわかるか?」
「わ、わたしだって逢いたかった。いつも、逢いたいよ、ビー!」
「嘘はやめろ!」
空気を振動させるような怒号に、ダーナはぎゅっと目をつぶった。
「もうたくさんだ…!」
「ビー、信じて」
信じて。信じて。わたしを信じて。
言いながら、涙がこぼれ落ちてくる。
でもほんとうに、信じてほしいだけ。愛していたことを。
「あなたがブリンモアの領主だなんて、わたし、ぜんぜん知らなかっ…」
「黙れ! ダーナ! 今のおまえからは悪意しか感じない!」
「そんな」
ぽろぽろ泣きながら、ダーナは首を振った。
「悪意なんて持ってな……、きゃあ…っ!」
荒ぶるダーナの神が、ダーナを抱きあげ、そのまま乱暴に寝台へと放り出す。
ダーナは抗って寝台から下りようとしたが、すぐさま男の熱い体に動きを封じられた。
「ビー…ッ!」
「グリフィスと呼べ」
絶対の命令形で言われて、ダーナが青ざめる。
ダーナの上にのしかかるグリフィスの身体は、今や炎の塊かと思うほど熱い。
大きすぎるほどの逞しい身体を強引に割り込ませ、ダーナの華奢な両脚を開かせる。
おびえて逃げようとするダーナの頭を押さえつけ、グリフィスは彼女の耳元に低く唸るようにしてささやいた。
「俺は俺の仕事をこなす。おまえはおまえの仕事をやればいい。簡単だろう? 娼婦の仕事は慣れているのでは?」