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プロポーズは花冠で
~銀の公爵と夢みる令嬢~
水島 忍 イラスト/キツヲ

キーワード: 西洋 婚約 年の差 貴族 甘々

エディスには父親に決められた婚約者がいる。まだ見ぬ彼――ウォーレンを自分だけの王子様と思い、幼い頃からずっと焦がれてきたエディス。しかし、彼が遊び人だという噂を聞いてしまい…? 発売日:2013年8月3日 


「もう一度、呼んでくれないか?」
「……ウォーレン?」
 彼はまた優しく微笑んだ。名前を呼ばれると嬉しいのだろうか。なんだか不思議だが、しかめ面をされるより、ずっといい。
「エディス……。君が家に帰りたくないというなら、いつまででもここにいて構わない。もっと、僕のことを知ってほしいな」
 甘く誘うような調子で言われて、エディスはますます顔が火照ってきた。男性とろくに話したことないせいか、彼の意図が判らない。普通に友達になりたいという意味かもしれないのだから、変な意味にとっては、彼に失礼だ。
「はい……。あの……お茶を注ぎましょうか」
 エディスは小さな声で尋ねた。
「そうだね。お願いするよ」
 ポットを持ち、カップにお茶を注ぐ。ちょうどいい濃さのお茶で、いい香りが漂ってきた。
 二人はお茶を飲み、焼き菓子を食べる。ウォーレンはエディスにもう答えにくいことを訊いてこなかった。ほっとしつつも、エディスは彼のことを強く意識していた。
 彼の眼差しは優しいがそれだけではなく、妙に色っぽく感じてきて……。
 男の人に色っぽいなんて言ったら、よくないかしら。
 そう思いながら、紅茶を飲み干した。ふと、彼が自分をじっと見つめていることに気がつき、エディスは急にそわそわしてきた。なんだか落ち着かない。カップとソーサーをテーブルに置いて、もじもじと腰を動かし、座り直した。
「エディス……」
 彼に名を呼ばれて、弾かれたように顔を上げる。彼は微笑んでいて、まるでこちらの気持ちを見透かしているようでもあった。
「少し庭を散歩しないか?」
 居間でこうして顔を突き合わせて座っていることに、居心地悪いものを感じていたので、エディスは頷いた。外なら、きっといつもの自分に戻れるだろう。こんなふうに男性の目を意識している自分が、どうにも気に入らない。
 だって、わたしは婚約者同然の人を捨ててきたのよ。
 それなのに、他の男性にもう目を向けているなんて、よくないに決まっている。もちろん、ブランフォード公爵とは結婚する気はないのだし、彼のほうもきっと自分に愛想を尽かしているだろうが。
 庭は入り組んでいて、迷路のようでもあった。いや、迷路ほど人を迷わすものではないようだが、植えられている木々によって、まるで壁のように仕切られており、気がつくと、エディスはウォーレンと二人きりになっていた。
 もちろん、元から二人きりだったのだが、木々が邪魔して、他のところから自分達は見られない。
「ふ、不思議な庭ですね!」
 何か喋らなくてはならないと、エディスはそんなことを口走っていた。
「そうかな。不思議というより、きちんと手入れされた庭だと思うが」
「あ……もちろんそうです。でも……その……」
 ウォーレンは微笑み、エディスの手を取る。ドキッとしたその瞬間、引き寄せられて、気がついたら彼の腕の中にいた。
「あ、あの……」
「黙って」
 そう言われると、エディスは何も言えなくなる。ただ、彼の腕の中でじっとしているしかなかった。
 胸の鼓動が速く打っているのが自分で判る。こんなにくっついていたら、彼にも判るに違いない。
 ああ、わたし……どうしよう。
 このまま、ずっと彼の腕に抱かれていたいなんて、思ってしまっている。そんなわけにはいかない。自分は彼のことなど、知らないに等しい。少し親切にしてくれただけで、こんなにも気を許しているのが間違いだというのに……。
 わたし、彼のことが好きになってきたみたい。
 ふとそう考えて、エディスは慌てて否定した。そんなに簡単に好きになるなんて、頭の軽い娘のようだ。男性を好きになるときは、もっと相手を知って、それから判断するものだ。
 でも……本当にそうかしら。好きか嫌いかって、頭で考えるものでもないような気がする。
 頭ではなくて、心が彼を好きになっている。それは、自分でも止めようがなかった。彼が危険なところを助けてくれたり、親切にしてくれたり、優しくしてくれたりするから、惹かれているのかもしれないが、それがまるっきり正しくないことだと、誰にも言えないと思う。
 しかし、エディスは心のままには振る舞えなかった。
 そんなことは許されない。やはり、自分がどうしてここにいるのかを考えたら、誰かを好きになってしまってはいけないと思うのだ。
 それでも、彼から離れることができず、じっとしていると、不意に彼は顔を傾けてきた。
 あ……!
 唇が重なっていた。
 エディスは目を見開いたまま、動けなかった。固まったみたいになっていると、彼がエディスの両腕に手を滑らせながら、唇に何度か軽いキスをしてくる。
 こんなこと……信じられない。
 男性の腕に抱かれたこともなければ、もちろんキスされたこともない。これが初めての出来事だった。
 エディスは呆然として、何もできなかった。ウォーレンの体温を感じながら、同時に、彼の唇の柔らかさも感じている。それが、何故かとても心地よくて……。
 わたし……ずっとこのままでいたい……。
 鼓動が速くなっている。指の先まで痺れたようになり、時間が止まったような気がしていた。
 気がつくと、ウォーレンがエディスの顔をじっと見つめていた。
 銀灰色の瞳に魅入られたようになって、エディスもただ言葉もなく彼を見つめている。
「……驚かせてしまった?」
 ようやく魔法が解けたのか、エディスははっと我に返った。
「あ、あの……わたし……」
「キスは初めて?」