TOP>文庫一覧>買われた初恋は蜜月に溺れる
買われた初恋は蜜月に溺れる

あまおうべに イラスト/橋本あおい
富豪の娘に生まれたものの、幼い頃に盗賊に攫われ、奴隷として生きてきたアシェラ。競りにかけられたアシェラは、大貴族の御曹司である幼なじみ・シドと再会し、彼に買われるが…? 発売日:2013年10月3日 


 ふざけ合いながら寝台に倒れ込むと、シドはアシェラのくちびるに、自分のそれを重ねてきた。やや乾いた、弾力のある感触が、やさしく押し当てられる。
「…………っ」
 甘やかな感動に、アシェラは大きく胸をふるわせた。
 口づけをしている。――シドと。
 その幸せをあますところなく感じようと、懸命に心を澄ませた。
 シドも、アシェラのくちびるのやわらかさを味わうかのように、何度も何度もついばんできた。くり返しふれられ、くちびるがジン……と痺れる頃になって、今度は舌先が、探るように舐めてくる。
「ん……」
 くすぐったさに声がもれる。と、少し顔を離して、彼が訊ねてきた。
「……いやか?」
「い、いやじゃないわ」
 改めての問いに、どぎまぎとして返す。むしろ、彼と口づけをしているという感動に、もっとひたりたい気分だった。だが彼は神妙な口調で続ける。
「もしいやなことをしたら言ってくれ」
「え?」
「俺は、これまでお前にひどいことを強いた男たちのようなことはしたくない」
「へ?」
「だから、つまり……おまえを無理やり手籠めにした類の男たちだ」
「手籠めになんかされてないわよ?」
 首を傾げて言うと、彼は怪訝そうな顔をする。
「――は?」
「は? って?」
「だっ、だっておまえ……、前の主人の息子と――」
 言いかけた彼の言葉を、アシェラは「ぎゃーっっ」と叫んでさえぎった。
「ウソよ、ウソ! そんなのデタラメ!」
 ものすごい勢いで、かくかくしかじかと事情を説明する。
「というわけでわたしは何もされてないし、経験もないから!」
 きっぱりと言い切ると、シドはぽかんとして応じた。
「全然? 一度も?」
「ないってば!」
「じゃあ……つらい奉仕を強制されたこともないんだな?」
「ないけど……」
 そのとたん、アシェラはふたたび、強い力で抱きしめられた。
「よかった……――」
 シドは力を込めて、きつく抱きしめてくる。
「ずっと心配だった。夢の中で助けを求められるたび、苦しくて胸がつぶれそうになった……」
「シド……」
 切々と訴えられ、アシェラの目にもつい涙がにじんでしまう。うれしい。
 そんなことまで真摯に心配してくれていた事実に、改めて心から感動していると、シドがゆっくりと身を離し、真摯な眼差しで訊ねてくる。
「俺はおまえにふれてもいいんだな?」
 その揺るぎない瞳は昨夜と同じく、いつもとは別人のような気迫に満ちていて、その雰囲気に呑まれてしまいそうになる。うん、とうなずいたら食べられてしまいそうな――
 うるさく鳴る鼓動を意識しながら、アシェラは精いっぱいの気持ちで答えた。
「好きよ、シド……。ずっと好きだったの……」
 声はうわずり、ふるえてしまう。
 自ら好意を告げる言葉に、アシェラの胸はさらに高まった。どきどきする。……どきどきして、不安になって――でもとても幸せな気分になる。
 頬がみっともなく赤くなっていることを自覚しながら、ちらりと見上げた。すると、吸い寄せられるようにして、シドがさっきよりも強くくちびるを押し当ててくる。
「俺も――……」
 くちづけの合間に、彼は余裕のない口調でささやいてきた。
「俺も好きだった。ずっと……七年間、ひとときも忘れたことはなかった――」
 熱情にかすれたその声に、アシェラの胸の鼓動がさらに高まる。うれしい。うれしい――あふれる気持ちを、何とかして伝えたかった。
 だから、隙間なく押し当てられたくちびるを割って、彼の舌が入り込んできたときも、最初はとまどったものの、おずおずと応じる。
 熱くぬめる未知の感触は、はじめ様子をうかがうように、遠慮がちにふれてきた。しかし、ぎこちなくも迎え入れようとするアシェラの反応に、だんだんと遠慮がなくなっていく。
「ん……っ」
 シドの舌は、アシェラのものを舐め上げ、ねっとりとからみ始めた。ざらりとした感触には慣れなかったものの、何度かくり返されると、次第にぞくぞくとした痺れが腰からせりあがってくる。
 ぬるぬるとした淫靡な感覚にとまどいつつ、アシェラは必死に応じた。
「ん……、んん……っ」
 慣れてくると心地よくて、我知らず身じろぎをする。その動きに誘われたのか、シドはやがて深く、もっと深くとばかり、口腔内の奥まで舌をからめてきて、根本からの愛撫を始めた。
「ふ……んっ……っ」
 彼は、アシェラを寝台に押しつけるようにして、口づけに夢中になる。その動きは性急で乱暴だったが、その分、押さえきれないほどの情熱と欲求が、まっすぐに伝わってきた。
 そのことに、考えるよりも先に身体が反応してしまう。ぴくん、ぴくんと肩がゆれ、腰から発する愉悦は、抗いがたい熱となって全身に広まっていった。
「ん、ふ……、ん……っ」
 彼の与えてくる興奮と心地よさに、胸がじんと熱くなる。頭がぼぅっとして、自分がとけてしまいそうな気分だった。
「は、……ぁ……ふ……、んん……っ」
 口の中を我が物顔で蹂躙する舌を必死に追いかけていると、彼はふいにアシェラの舌を捕まえ、強く吸い上げてくる。
「んんんーっ」
 そのとたん、恍惚が背筋を駆け抜けた。ぞくぞくと発した甘い快感に身体がこわばる。
「止まらない……」
 かすかに困惑をにじませて、シドがかすれた声がつぶやいた。
「自分で、自分が止められない。……こんなのは初めてだ……」
 心を浮き立たせてやまない漆黒の眼差しに見つめられ、余裕のない声音でそんなことを言われ――アシェラの胸は感動でいっぱいになる。
「うれし……」
 アシェラもまた、声をうわずらせて応じた。
「シドがわたしを好きになってくれて、うれしい……」
「夢中だ。もう他のことは考えられない――」