檻の中の蜜事
しらせはる イラスト/ユカ
敗者を殺さない剣闘士・ユーリと清らかな美貌の皇妹・アレクシアは、お互いをひと目見た瞬間、恋に落ちた。だが、アレクシアは血の繋がらぬ兄エドワルドの妃にさせられそうになって…? 発売日:2013年12月3日
しらせはる イラスト/ユカ
敗者を殺さない剣闘士・ユーリと清らかな美貌の皇妹・アレクシアは、お互いをひと目見た瞬間、恋に落ちた。だが、アレクシアは血の繋がらぬ兄エドワルドの妃にさせられそうになって…? 発売日:2013年12月3日
「行かないでほしい、アレクシア」
「っ……」
女が激しい動揺をみせた。金髪が青い光をこぼし、さらさらと音をたてた。
「あなたが、わたくしをご存じのはずないわ」
「知っている。皇帝と闘技場にやって来ては、やつの右隣に座っていただろう。残虐な試合も表情一つ変えず見届けて帰っていくんだ。強い陽射しを浴びても汗一つかかない、日焼けもしない……俺はいつもおまえを見ていたから、知っている。おまえのほうは……俺を避けていたようだが」
「避けてなんて」
女が……皇女、アレクシアが、長い睫毛を揺らしてまたたきした。その憂いを帯びた表情だけでユーリはときめいてしまう。
皇女はまろやかな頬をほんのり染めたかと思うと、くしゃりと顔を崩して泣き笑いの表情をつくり、
「先ほど、申しあげましたよね。わたくしはあなたを尊敬しているのです。厳しい境遇にあっても気高くあり続けることなんて、並大抵の強さではできませんもの。獣人の、ユーリ。わたくしもあなたを――……見ていました」
「あ――……」
手のなかの肘を強く引き寄せ、軽い体を抱きとめた。背に腕をまわして、できる限り二人の距離がなくなるように力を込める――そうしなければ逃がしてしまいそうな気がして。
どんなにきつく抱いて、抱きつぶしても足りないくらいに、これを現実だと信じられなかった。都合のいい夢だとしか思えない。
崇拝に近い感情を抱いていた皇女が、ユーリの名前を知っていて、見ていてくれ、呼んでくれて、会いにきてくれるなんて。
興奮のあまり体毛が伸び、トゥニカの裾から尻尾が垂れさがった。それにも気づかず、ユーリは毛の薄い手のひらでアレクシアの髪や背や肩を撫でさすりながら、
「なにも言うな。言わないでくれ、ただ感じさせてくれ――夢にまでみた皇女のおまえが、ほんとうにここにいることを信じたい。なぜ、俺などに会いにきたのか、理解できないが」
青みがかった金髪はさらりとして冷たく、ほっそりした体は柔らかくてあたたかい。その唇から洩れる言葉は、耳と胸に心地よいものだった。
尻尾が勝手に揺れはじめ、ぱたん、ぱたん、と床を叩いた。その様子に、アレクシアは口元を緩め、
「会いたいかたに会いに来るのに、大きな理由が必要ですか? なぜ、なんて……ただ、あなたにわたくしを知ってほしかったから、なの。ほかの意味なんて、な……あっ」
ユーリは思いあまって皇女の顔を仰向かせ、その花びらのような唇を、自らの舌で舐めあげた。
「んん……ふ……ん、ん」
もう何年も触れていない、ほんものの花に頬ずりするような瑞々しい感覚を思いだす。小さな唇は、ユーリの舌が通りすぎるたびに震え、たまに吐息をこぼした。
甘い、甘い味がする吐息だ――ユーリは顔を離し、ほんのり染まったアレクシアの顔を見おろしながらうなった。
「はやく逃げろ、アレクシア」
「どうしてですか?」
眦の赤くなった目を開けて、ユーリを見る。なんて無防備な顔つきをするのか……。
体毛が、ざわりと揺らいでますます伸びるのを感じた。
「イオが教えなかったか? 獣人は野蛮で、理性がきかず、……ひどいことをするんだ」
アレクシアが目を伏せた。まるで、夜露に濡れた花のようなまぶただ。ユーリの胸に添えていた指が震え、やがて緩んで、トゥニカをきゅっと握った。
青みを帯びた金髪が小さく、縦に揺れて、
「……存じております」
全身の血が沸騰した。
「じゃあ逃げろ。俺は、おまえを抱いてしまうんだぞ。いいのか?」
「あなたのなさりたいように、していただけたらいいと思います」
「なんの罠なんだ、これは。騙されないぞ、俺は……」
こんな都合のいいことあるはずない。警戒しろ、と、理性が訴える。飢えた獣の前に子ウサギを放りだしておいて、おあずけがきくとでも? 罠があるのに決まっている――のに、理性はあっさりと、本能の前にねじ伏せられた。
ユーリは大事な皇女の肩をつかんで壁に叩きつけ、噛みつくようなキスをはじめた。閉じた歯を牙でこじあけ、甘い香りのする口内を舌で掻きまわした。
溢れてきたものを啜ったところ、酔いそうなくらいにひどく沁みて、
(ワインよりも、甘露じゃないか)
ぴちゃぴちゃと音をたてて愛しいものの口を舐めた。
アレクシアははじめだけ体を硬くしたものの、緊張したまま唇を開いて、ユーリのしたいようにさせている。こんなことを許していい立場ではないはずだが、このひとの考えていることが、いまだにわからない。
薄目を開けて様子をうかがってみれば、顔は真っ赤で、耐えているようにも見える。ユーリは絞りだすように言った。
「……不快か」
「ん……ぁ……どうして、ですか?」
「泣きそうだからだ」
「これは」
アレクシアは瞬きして、ほんの少しの潤んだ雫を鈴蘭のような指先で払った。それから幸せそうに微笑む。
「どう応えたらいいのかわからなくて……息が、できないからです。気遣ってくださってありがとう。やっぱり、優しいのですね、あなたは」
「っ……」
女が激しい動揺をみせた。金髪が青い光をこぼし、さらさらと音をたてた。
「あなたが、わたくしをご存じのはずないわ」
「知っている。皇帝と闘技場にやって来ては、やつの右隣に座っていただろう。残虐な試合も表情一つ変えず見届けて帰っていくんだ。強い陽射しを浴びても汗一つかかない、日焼けもしない……俺はいつもおまえを見ていたから、知っている。おまえのほうは……俺を避けていたようだが」
「避けてなんて」
女が……皇女、アレクシアが、長い睫毛を揺らしてまたたきした。その憂いを帯びた表情だけでユーリはときめいてしまう。
皇女はまろやかな頬をほんのり染めたかと思うと、くしゃりと顔を崩して泣き笑いの表情をつくり、
「先ほど、申しあげましたよね。わたくしはあなたを尊敬しているのです。厳しい境遇にあっても気高くあり続けることなんて、並大抵の強さではできませんもの。獣人の、ユーリ。わたくしもあなたを――……見ていました」
「あ――……」
手のなかの肘を強く引き寄せ、軽い体を抱きとめた。背に腕をまわして、できる限り二人の距離がなくなるように力を込める――そうしなければ逃がしてしまいそうな気がして。
どんなにきつく抱いて、抱きつぶしても足りないくらいに、これを現実だと信じられなかった。都合のいい夢だとしか思えない。
崇拝に近い感情を抱いていた皇女が、ユーリの名前を知っていて、見ていてくれ、呼んでくれて、会いにきてくれるなんて。
興奮のあまり体毛が伸び、トゥニカの裾から尻尾が垂れさがった。それにも気づかず、ユーリは毛の薄い手のひらでアレクシアの髪や背や肩を撫でさすりながら、
「なにも言うな。言わないでくれ、ただ感じさせてくれ――夢にまでみた皇女のおまえが、ほんとうにここにいることを信じたい。なぜ、俺などに会いにきたのか、理解できないが」
青みがかった金髪はさらりとして冷たく、ほっそりした体は柔らかくてあたたかい。その唇から洩れる言葉は、耳と胸に心地よいものだった。
尻尾が勝手に揺れはじめ、ぱたん、ぱたん、と床を叩いた。その様子に、アレクシアは口元を緩め、
「会いたいかたに会いに来るのに、大きな理由が必要ですか? なぜ、なんて……ただ、あなたにわたくしを知ってほしかったから、なの。ほかの意味なんて、な……あっ」
ユーリは思いあまって皇女の顔を仰向かせ、その花びらのような唇を、自らの舌で舐めあげた。
「んん……ふ……ん、ん」
もう何年も触れていない、ほんものの花に頬ずりするような瑞々しい感覚を思いだす。小さな唇は、ユーリの舌が通りすぎるたびに震え、たまに吐息をこぼした。
甘い、甘い味がする吐息だ――ユーリは顔を離し、ほんのり染まったアレクシアの顔を見おろしながらうなった。
「はやく逃げろ、アレクシア」
「どうしてですか?」
眦の赤くなった目を開けて、ユーリを見る。なんて無防備な顔つきをするのか……。
体毛が、ざわりと揺らいでますます伸びるのを感じた。
「イオが教えなかったか? 獣人は野蛮で、理性がきかず、……ひどいことをするんだ」
アレクシアが目を伏せた。まるで、夜露に濡れた花のようなまぶただ。ユーリの胸に添えていた指が震え、やがて緩んで、トゥニカをきゅっと握った。
青みを帯びた金髪が小さく、縦に揺れて、
「……存じております」
全身の血が沸騰した。
「じゃあ逃げろ。俺は、おまえを抱いてしまうんだぞ。いいのか?」
「あなたのなさりたいように、していただけたらいいと思います」
「なんの罠なんだ、これは。騙されないぞ、俺は……」
こんな都合のいいことあるはずない。警戒しろ、と、理性が訴える。飢えた獣の前に子ウサギを放りだしておいて、おあずけがきくとでも? 罠があるのに決まっている――のに、理性はあっさりと、本能の前にねじ伏せられた。
ユーリは大事な皇女の肩をつかんで壁に叩きつけ、噛みつくようなキスをはじめた。閉じた歯を牙でこじあけ、甘い香りのする口内を舌で掻きまわした。
溢れてきたものを啜ったところ、酔いそうなくらいにひどく沁みて、
(ワインよりも、甘露じゃないか)
ぴちゃぴちゃと音をたてて愛しいものの口を舐めた。
アレクシアははじめだけ体を硬くしたものの、緊張したまま唇を開いて、ユーリのしたいようにさせている。こんなことを許していい立場ではないはずだが、このひとの考えていることが、いまだにわからない。
薄目を開けて様子をうかがってみれば、顔は真っ赤で、耐えているようにも見える。ユーリは絞りだすように言った。
「……不快か」
「ん……ぁ……どうして、ですか?」
「泣きそうだからだ」
「これは」
アレクシアは瞬きして、ほんの少しの潤んだ雫を鈴蘭のような指先で払った。それから幸せそうに微笑む。
「どう応えたらいいのかわからなくて……息が、できないからです。気遣ってくださってありがとう。やっぱり、優しいのですね、あなたは」