恋の魔法は永遠 に醒 めない
琴見れい イラスト/周防佑未
義母に冷遇され、社交界と無縁なロヴィーサは、熱で倒れた異母妹ハンナの代わ りに、ハンナとして仮面舞踏会へ参加することに。そこで会った公爵にキスされ たロヴィーサは、彼の別邸へ連れ去られ…? 発売日:2014年8月1日
琴見れい イラスト/周防佑未
義母に冷遇され、社交界と無縁なロヴィーサは、熱で倒れた異母妹ハンナの代わ りに、ハンナとして仮面舞踏会へ参加することに。そこで会った公爵にキスされ たロヴィーサは、彼の別邸へ連れ去られ…? 発売日:2014年8月1日
「今のうちに」
「え?」
突然手を引かれ、わけもわからぬうちにどこかへと連れていかれる。人々は皆曲芸に夢中で、こっそり抜け出すふたりに気づかない。
彼はそっと窓を開けて、その向こうへとロヴィーサを導いた。
そこは、広々としたバルコニーだった。屋敷の窓から洩れる光に照らされた夜の庭が一望でき、そのずっと先のこんもりとした森まで見える。
秋の風の冷たさを感じた途端、彼がテールコートを脱いで羽織らせてくれた。
「いけません。あなたが風邪をひいてしまう」
「大丈夫。さっきまで踊っていて、まだ熱いくらいだから」
「でも……」
「だったら? 一緒にあたたまる?」
そう言って彼が腰に手を回してきたので、ロヴィーサは思わず身体を後ろへ引いた。
「何をなさって……」
「あれ? もっと僕と一緒にいたいというのは、こういうことではなかった?」
彼はわずかに首を傾げる。そんな仕草をするときは、瞳も無邪気な色を浮かべていた。
「不思議な方ですね」
顔を隠していても公爵だとわかってしまうくらいに昂然としているのに、まとう雰囲気や、発する言葉や、笑う口元からは人を心地よくするような甘さを感じる。だけども油断すると、急に触れてきて困らされる。
そんな調子で惑わされ、困惑しているうちにふたりきりのバルコニーに連れ出されているのだ……。
――なんてこと。これではあの日記と同じ……。
どきんと心臓が跳ね、みるみる緊張が高まった。
――だって日記ではあのあと……。
自分で書いたのだから、忘れるはずがない。日記のなかのロヴィーサは、彼からキスをされるのだ。
――だめだわ、そんなの。
ロヴィーサは彼からもっと離れようとした。けれど相手はその分ロヴィーサのほうへ歩み寄ってくる。
さらに先ほどと同じように彼が腕を伸ばしてくるから身を翻そうとしたが、今度は逃がしてくれなかった。
腰に回された腕は思いの外逞しく感じる。背が高くてもすらりとしていて、柔らかな印象を与える彼でもやはり男性なのだ。伝わってくる彼の体温を意識すると、胸のどきどきが大きくなってしまう。
たじろぐロヴィーサの身体が、彼のほうへ引き寄せられた。
「あの、公爵さま……」
思わずそう呼んでしまうと、彼は人差し指を立てて、それをロヴィーサの唇にあててくる。もちろん白い手袋はつけたままだった。でもロヴィーサをどぎまぎさせるには充分すぎる。
顔を背けようとすれば頤をとらえられ、つづけて唇を、手袋に包まれた親指で静かに撫でられる。
言葉を発することもできない。だけど小さな吐息だけは、その唇から洩れていった。
じっと、オーロラを閉じ込めた瞳が見つめてくる。今彼の瞳は、まさにあの神秘的で、どことなく妖しく感じる光のゆらぎをそのままに表していた。
そんな瞳が、ゆっくりと間近に迫ってくる。頤を掴まれ、視線で縛られてしまったロヴィーサはどうすることもできない。
そしてとうとう、顔を自然に斜めにした彼が唇を触れさせてくる。
その感触に、ロヴィーサの唇はひくりと震えた。
――これは、日記のなかの出来事ではない……。
しっかりと感じる。彼の唇のあたたかさと、見た目どおりの弾力と、しっとりと馴染んでくる感触……。
――どうしたら……私……。
頭のなかは目まぐるしくぐるぐるしているのに、何ひとつまともに考えられていなかった。
水中で必死に息をしているような苦しさに苛まれる。でも実際に苦しいのは、呼吸ではなく、胸のなかだ。
――キス……。
もちろん、現実に誰かと口づけを交わすなんて初めてだった。
日記のなかでは簡単にできたけれど、実際にしてみると、とても平然となんてしていられない。
どう息を継げばいいのかもわからず、目を開けていればいいのか、閉じているべきかさえ迷っておろおろする。顔はきっと、真っ赤になっているだろう。
いっぱいいっぱいで、逃げ出してしまいたい。
なのに彼は、さらにロヴィーサの細い腰を引き寄せ、もっと深く口づけようとしてくる。
舌が、わずかに開いた唇のあわいを探ってくる。唇を舐められる感触に、ロヴィーサは思わず肩をわななかせた。
舌先で何度もくすぐられると、次第に唇を結んでいられなくなる。すると待ち構えていたように、すかさず彼の舌が差し込まれた。
「ぅ……ふっ、ぁ……」
彼の舌先が、ロヴィーサの舌に触れてくる。反射的に舌を引っ込めるが、彼の舌は悠々と追いついて、それをからめとってしまう。
「ふぁ……うっ……ぅふっ……だ…め……」
どうしていいかわからない。舌で舌をもてあそばれるなんて、思ってもみなかった。
それだけじゃない。彼の舌はロヴィーサの歯列をなぞったり、上顎を撫でたりしてくるのだ。
口のなかのすべてを知りたいとでもいうようにうごめく舌は奔放で、けれどもロヴィーサが息をつめるとその動きは緩やかになった。強引なのか紳士的なのか、口腔を舐め回されてくらくらしているロヴィーサには判断つきかねる。
いや、こうしていきなり唇を奪われているのだから、やはり彼は横暴なのだ。
そう決めつけてみても、身体が動かない。
頭がぼうっとして熱っぽくて、身体のどこにも力が入らなくて……。
「んふ……ぁう……や、め……ふっ……あぁ……」
怯えていた舌も、すでに彼のもののようになってしまっていた。
軽やかに掬われ、触れてくる舌にぬるりと擦られ、翻されて彼の口腔へ誘われる。
あたたかな彼の口腔で、ロヴィーサの舌がくちゅくちゅと味わわれる。たっぷりと濡らされ、繰り返し吸い上げられて、そのたび背中がぞくぞくと震えを起こす。
――なんなの、これ……。
「え?」
突然手を引かれ、わけもわからぬうちにどこかへと連れていかれる。人々は皆曲芸に夢中で、こっそり抜け出すふたりに気づかない。
彼はそっと窓を開けて、その向こうへとロヴィーサを導いた。
そこは、広々としたバルコニーだった。屋敷の窓から洩れる光に照らされた夜の庭が一望でき、そのずっと先のこんもりとした森まで見える。
秋の風の冷たさを感じた途端、彼がテールコートを脱いで羽織らせてくれた。
「いけません。あなたが風邪をひいてしまう」
「大丈夫。さっきまで踊っていて、まだ熱いくらいだから」
「でも……」
「だったら? 一緒にあたたまる?」
そう言って彼が腰に手を回してきたので、ロヴィーサは思わず身体を後ろへ引いた。
「何をなさって……」
「あれ? もっと僕と一緒にいたいというのは、こういうことではなかった?」
彼はわずかに首を傾げる。そんな仕草をするときは、瞳も無邪気な色を浮かべていた。
「不思議な方ですね」
顔を隠していても公爵だとわかってしまうくらいに昂然としているのに、まとう雰囲気や、発する言葉や、笑う口元からは人を心地よくするような甘さを感じる。だけども油断すると、急に触れてきて困らされる。
そんな調子で惑わされ、困惑しているうちにふたりきりのバルコニーに連れ出されているのだ……。
――なんてこと。これではあの日記と同じ……。
どきんと心臓が跳ね、みるみる緊張が高まった。
――だって日記ではあのあと……。
自分で書いたのだから、忘れるはずがない。日記のなかのロヴィーサは、彼からキスをされるのだ。
――だめだわ、そんなの。
ロヴィーサは彼からもっと離れようとした。けれど相手はその分ロヴィーサのほうへ歩み寄ってくる。
さらに先ほどと同じように彼が腕を伸ばしてくるから身を翻そうとしたが、今度は逃がしてくれなかった。
腰に回された腕は思いの外逞しく感じる。背が高くてもすらりとしていて、柔らかな印象を与える彼でもやはり男性なのだ。伝わってくる彼の体温を意識すると、胸のどきどきが大きくなってしまう。
たじろぐロヴィーサの身体が、彼のほうへ引き寄せられた。
「あの、公爵さま……」
思わずそう呼んでしまうと、彼は人差し指を立てて、それをロヴィーサの唇にあててくる。もちろん白い手袋はつけたままだった。でもロヴィーサをどぎまぎさせるには充分すぎる。
顔を背けようとすれば頤をとらえられ、つづけて唇を、手袋に包まれた親指で静かに撫でられる。
言葉を発することもできない。だけど小さな吐息だけは、その唇から洩れていった。
じっと、オーロラを閉じ込めた瞳が見つめてくる。今彼の瞳は、まさにあの神秘的で、どことなく妖しく感じる光のゆらぎをそのままに表していた。
そんな瞳が、ゆっくりと間近に迫ってくる。頤を掴まれ、視線で縛られてしまったロヴィーサはどうすることもできない。
そしてとうとう、顔を自然に斜めにした彼が唇を触れさせてくる。
その感触に、ロヴィーサの唇はひくりと震えた。
――これは、日記のなかの出来事ではない……。
しっかりと感じる。彼の唇のあたたかさと、見た目どおりの弾力と、しっとりと馴染んでくる感触……。
――どうしたら……私……。
頭のなかは目まぐるしくぐるぐるしているのに、何ひとつまともに考えられていなかった。
水中で必死に息をしているような苦しさに苛まれる。でも実際に苦しいのは、呼吸ではなく、胸のなかだ。
――キス……。
もちろん、現実に誰かと口づけを交わすなんて初めてだった。
日記のなかでは簡単にできたけれど、実際にしてみると、とても平然となんてしていられない。
どう息を継げばいいのかもわからず、目を開けていればいいのか、閉じているべきかさえ迷っておろおろする。顔はきっと、真っ赤になっているだろう。
いっぱいいっぱいで、逃げ出してしまいたい。
なのに彼は、さらにロヴィーサの細い腰を引き寄せ、もっと深く口づけようとしてくる。
舌が、わずかに開いた唇のあわいを探ってくる。唇を舐められる感触に、ロヴィーサは思わず肩をわななかせた。
舌先で何度もくすぐられると、次第に唇を結んでいられなくなる。すると待ち構えていたように、すかさず彼の舌が差し込まれた。
「ぅ……ふっ、ぁ……」
彼の舌先が、ロヴィーサの舌に触れてくる。反射的に舌を引っ込めるが、彼の舌は悠々と追いついて、それをからめとってしまう。
「ふぁ……うっ……ぅふっ……だ…め……」
どうしていいかわからない。舌で舌をもてあそばれるなんて、思ってもみなかった。
それだけじゃない。彼の舌はロヴィーサの歯列をなぞったり、上顎を撫でたりしてくるのだ。
口のなかのすべてを知りたいとでもいうようにうごめく舌は奔放で、けれどもロヴィーサが息をつめるとその動きは緩やかになった。強引なのか紳士的なのか、口腔を舐め回されてくらくらしているロヴィーサには判断つきかねる。
いや、こうしていきなり唇を奪われているのだから、やはり彼は横暴なのだ。
そう決めつけてみても、身体が動かない。
頭がぼうっとして熱っぽくて、身体のどこにも力が入らなくて……。
「んふ……ぁう……や、め……ふっ……あぁ……」
怯えていた舌も、すでに彼のもののようになってしまっていた。
軽やかに掬われ、触れてくる舌にぬるりと擦られ、翻されて彼の口腔へ誘われる。
あたたかな彼の口腔で、ロヴィーサの舌がくちゅくちゅと味わわれる。たっぷりと濡らされ、繰り返し吸い上げられて、そのたび背中がぞくぞくと震えを起こす。
――なんなの、これ……。