嘘つき紳士の不埒な口づけ
むつみ花藍 イラスト/三浦ひらく
社交界デビューの日、リリアナは完璧な紳士と評判の侯爵令息ヴィクトルに出会う。挨拶で手の甲へくちづけられる際、本来はふりだけなのに、緊張したリリアナが震えたせいで唇が触れ、優しいほほえむ彼が毒舌を吐くのを聞いてしまう。でも、それが聞こえたのは自分だけ。リリアナには、唇 が肌に触れると相手の心を読む能力があったのだ。「本性を知られたからには生涯そばに置いておく」と強引に婚約させられ、戯れで身体中にキスされてしまい…? 配信日:2016年11月25日
むつみ花藍 イラスト/三浦ひらく
社交界デビューの日、リリアナは完璧な紳士と評判の侯爵令息ヴィクトルに出会う。挨拶で手の甲へくちづけられる際、本来はふりだけなのに、緊張したリリアナが震えたせいで唇が触れ、優しいほほえむ彼が毒舌を吐くのを聞いてしまう。でも、それが聞こえたのは自分だけ。リリアナには、唇 が肌に触れると相手の心を読む能力があったのだ。「本性を知られたからには生涯そばに置いておく」と強引に婚約させられ、戯れで身体中にキスされてしまい…? 配信日:2016年11月25日
「おまえはもう、永遠に俺のそばにいるしかない」
「な、なぜですか?」
「わからないか? だったら心を読んでみたらどうだ?」
彼は自らの唇を指でなぞり、微笑みを浮かべる。キスをしてみろ、と言っているのだ。
「しません、そんなこと!」
「どうして? せっかく便利な能力を持っているのに」
「便利なって……」
なぜ彼は面白がれるのだろう? リリアナは未知の力が怖くてしかたがないというのに……。
「こんな力、いりません……」
「わからないな。俺だったら存分に楽しむ」
彼の自信満々な表情は美しく、状況を忘れて見惚れそうになる。
「決めた。おまえを俺の妻にしてやる」
完全に言葉を失った。
――妻……。
聞き間違えに違いない。
「すみません。なんとおっしゃいました?」
「俺の妻にしてやると言ったんだ。心の読める女なんてそうはいない。手元に置いておけば、いつか利用できるだろう。それに妻にしたら、公然と繋いでおけるからな」
嬉々として語る言葉は耳に入ってくるものの、ひとつも理解できなかった。
妻にするということは結婚するということ。彼はその重大さがわかっているのか、はなはだ疑問だった。
当たり前だが、結婚は今日着る服を決めるみたいな、気軽なものとは全然違う。
「……冗談、ですよね?」
彼と会ったのは今日で二度目。世の中には顔を合わさずに結婚する人たちもいる。とくに貴族の多くは、恋愛感情抜きに結婚させられる。そんなことはわかっている。しかし、これは政略結婚ですらない。
「いたって本気だが?」
彼はいっそ清々しいほど堂々としていた。
頭が痛くなってくる……。
「で、でも、私と結婚してもあなたに得があるとは……」
「だからさっき言っただろう? 俺が本当はこういう人間だと知られたからには、おまえを自由にするわけにはいかないんだ。恐縮しなくていい。いずれその力で俺の役に立つ日が来るはずだ」
「いえ、あの……」
彼は大切なことを忘れている。
「私の意志は?」
「は? おまえの意志などどうでもいい」
あまりにもはっきりと言われ、二の句が継げなかった。
人々が語るヴィクトル=クライフとは別人だ。
まさかとは思うが、この高慢な態度が彼本来のものなのか?
「あなたは、いったい誰なのです?」
問わずにはいられなかった。
「なんだ、今さら。俺はヴィクトル=クライフだ」
「でも……」
「今おまえが見ているのが本当の俺だ。皆が知っているのは、いわば仮面をかぶった姿だな」
――仮面……。
つまり自分を偽っているということか?
――あんなに、完璧に……?
頭のなかがぐちゃぐちゃだ。
「よかったな、リリアナ」
今度は何を言われるのかと思えば、つづく台詞にぽかんとしてしまう。
「おまえにとってこの結婚はとても有益だ」
「え……?」
「わからないか? おまえはキスすれば他人の心を読んでしまうんだぞ? 結婚する相手とは当然キスをするだろう。そのたび夫の心を覗くことになる。それを知って結婚しようという男が現れるか? もしくは生涯秘密にするのか? 内緒で夫の心を覗きつづけるのか?」
矢継ぎ早につきつけられた言葉が、鋭く胸に刺さる。
彼の言うとおりだった。こんな厄介な性質を持っていては、まともな結婚生活など送れるはずがない。
リリアナは真っ青になった。
「理解したか? 俺は親切心でおまえを妻にしてやると言っているんだ。感謝しろ」
混乱しすぎて考えることも放棄したくなる。
眠りたい。そうして目が覚めたら何も知らない自分に戻っていたらいいのに――。
「俺の妻になれるなんて世界一幸せだな、リリアナ」
茫然としつつも、首を横に振る。
幸せになるなんて不可能だ。それだけはよくわかる。
「お断りします」
頭を下げ、ドアのほうへ向かおうとした。だが、顎をとらえられ動けなくなる。
――何……。
いきなり唇をふさがれ、声さえあげられなかった。
『おまえに断る権利などない。俺が妻にすると決めたのだから、おとなしく従え。安心しろ。ちゃんと可愛がってやるから』
唇を強く押しつけられ、すぐに上下のあわいを探られた。それだけでも動揺したのに、今度は舌が割りいってくる。口のなかを好き勝手に舐められ、喉の奥で悲鳴がもれた。
――キス、されているの、私……。
『どうせキスだって初めてだろう? 噛むなよ。もう少し口を開けてみろ。こら、舌を引っ込めようとするな』
わざと心の声を聞かせているのだと気づく。どうにか無視しようとしても、あらがおうとすればするほど、声はリリアナのなかにしみ込んできた。
『ちょっとでいいから舌を出してみろ。気持ちよくさせてやるから』
肌という肌が粟立つ。寒いわけじゃなく、全身がじわりと火照っている。
――なんなの、これ……。
「んうう……んっ…ふ、ぅあ……」
呼吸のしかたがわからない。
彼はリリアナの舌を吸いあげ、ちゅくちゅくといやらしい音をたてた。
『呆れるほど下手だな。教えてやるから早く覚えろよ』
「ふぁ…ぅっ……ん、ん……」
たっぷりと唾液を絡ませて味わわれ、彼の口腔で舌がとかされてしまいそうだ。
ふいに感じる甘い香りに、キスをしてきているのがあのヴィクトルだと思い知らされる。
これが夢でなければ、なんだというのだろう?
頭のなかはめちゃくちゃで、心は乱され、身体までおかしい。
奇妙な疼きがせりあがってくる。知らない感覚が呼び起こされる恐怖に背筋が震えた。
ついにへたり込みそうになった頃、ようやく解放される。
「リリアナ」
必死に息をついでいると、彼は緑色の瞳をふっと細め、改めて口づけてきた。
『どうせすぐに俺の思うままになる。リリアナ。おまえを俺好みの女にしてやる。楽しみにしていろ』
自分はとんでもない男に捕まったのだと、そのときはっきり理解した。
「な、なぜですか?」
「わからないか? だったら心を読んでみたらどうだ?」
彼は自らの唇を指でなぞり、微笑みを浮かべる。キスをしてみろ、と言っているのだ。
「しません、そんなこと!」
「どうして? せっかく便利な能力を持っているのに」
「便利なって……」
なぜ彼は面白がれるのだろう? リリアナは未知の力が怖くてしかたがないというのに……。
「こんな力、いりません……」
「わからないな。俺だったら存分に楽しむ」
彼の自信満々な表情は美しく、状況を忘れて見惚れそうになる。
「決めた。おまえを俺の妻にしてやる」
完全に言葉を失った。
――妻……。
聞き間違えに違いない。
「すみません。なんとおっしゃいました?」
「俺の妻にしてやると言ったんだ。心の読める女なんてそうはいない。手元に置いておけば、いつか利用できるだろう。それに妻にしたら、公然と繋いでおけるからな」
嬉々として語る言葉は耳に入ってくるものの、ひとつも理解できなかった。
妻にするということは結婚するということ。彼はその重大さがわかっているのか、はなはだ疑問だった。
当たり前だが、結婚は今日着る服を決めるみたいな、気軽なものとは全然違う。
「……冗談、ですよね?」
彼と会ったのは今日で二度目。世の中には顔を合わさずに結婚する人たちもいる。とくに貴族の多くは、恋愛感情抜きに結婚させられる。そんなことはわかっている。しかし、これは政略結婚ですらない。
「いたって本気だが?」
彼はいっそ清々しいほど堂々としていた。
頭が痛くなってくる……。
「で、でも、私と結婚してもあなたに得があるとは……」
「だからさっき言っただろう? 俺が本当はこういう人間だと知られたからには、おまえを自由にするわけにはいかないんだ。恐縮しなくていい。いずれその力で俺の役に立つ日が来るはずだ」
「いえ、あの……」
彼は大切なことを忘れている。
「私の意志は?」
「は? おまえの意志などどうでもいい」
あまりにもはっきりと言われ、二の句が継げなかった。
人々が語るヴィクトル=クライフとは別人だ。
まさかとは思うが、この高慢な態度が彼本来のものなのか?
「あなたは、いったい誰なのです?」
問わずにはいられなかった。
「なんだ、今さら。俺はヴィクトル=クライフだ」
「でも……」
「今おまえが見ているのが本当の俺だ。皆が知っているのは、いわば仮面をかぶった姿だな」
――仮面……。
つまり自分を偽っているということか?
――あんなに、完璧に……?
頭のなかがぐちゃぐちゃだ。
「よかったな、リリアナ」
今度は何を言われるのかと思えば、つづく台詞にぽかんとしてしまう。
「おまえにとってこの結婚はとても有益だ」
「え……?」
「わからないか? おまえはキスすれば他人の心を読んでしまうんだぞ? 結婚する相手とは当然キスをするだろう。そのたび夫の心を覗くことになる。それを知って結婚しようという男が現れるか? もしくは生涯秘密にするのか? 内緒で夫の心を覗きつづけるのか?」
矢継ぎ早につきつけられた言葉が、鋭く胸に刺さる。
彼の言うとおりだった。こんな厄介な性質を持っていては、まともな結婚生活など送れるはずがない。
リリアナは真っ青になった。
「理解したか? 俺は親切心でおまえを妻にしてやると言っているんだ。感謝しろ」
混乱しすぎて考えることも放棄したくなる。
眠りたい。そうして目が覚めたら何も知らない自分に戻っていたらいいのに――。
「俺の妻になれるなんて世界一幸せだな、リリアナ」
茫然としつつも、首を横に振る。
幸せになるなんて不可能だ。それだけはよくわかる。
「お断りします」
頭を下げ、ドアのほうへ向かおうとした。だが、顎をとらえられ動けなくなる。
――何……。
いきなり唇をふさがれ、声さえあげられなかった。
『おまえに断る権利などない。俺が妻にすると決めたのだから、おとなしく従え。安心しろ。ちゃんと可愛がってやるから』
唇を強く押しつけられ、すぐに上下のあわいを探られた。それだけでも動揺したのに、今度は舌が割りいってくる。口のなかを好き勝手に舐められ、喉の奥で悲鳴がもれた。
――キス、されているの、私……。
『どうせキスだって初めてだろう? 噛むなよ。もう少し口を開けてみろ。こら、舌を引っ込めようとするな』
わざと心の声を聞かせているのだと気づく。どうにか無視しようとしても、あらがおうとすればするほど、声はリリアナのなかにしみ込んできた。
『ちょっとでいいから舌を出してみろ。気持ちよくさせてやるから』
肌という肌が粟立つ。寒いわけじゃなく、全身がじわりと火照っている。
――なんなの、これ……。
「んうう……んっ…ふ、ぅあ……」
呼吸のしかたがわからない。
彼はリリアナの舌を吸いあげ、ちゅくちゅくといやらしい音をたてた。
『呆れるほど下手だな。教えてやるから早く覚えろよ』
「ふぁ…ぅっ……ん、ん……」
たっぷりと唾液を絡ませて味わわれ、彼の口腔で舌がとかされてしまいそうだ。
ふいに感じる甘い香りに、キスをしてきているのがあのヴィクトルだと思い知らされる。
これが夢でなければ、なんだというのだろう?
頭のなかはめちゃくちゃで、心は乱され、身体までおかしい。
奇妙な疼きがせりあがってくる。知らない感覚が呼び起こされる恐怖に背筋が震えた。
ついにへたり込みそうになった頃、ようやく解放される。
「リリアナ」
必死に息をついでいると、彼は緑色の瞳をふっと細め、改めて口づけてきた。
『どうせすぐに俺の思うままになる。リリアナ。おまえを俺好みの女にしてやる。楽しみにしていろ』
自分はとんでもない男に捕まったのだと、そのときはっきり理解した。