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後宮の密やかな戯れ
~溺愛しすぎのお兄様~
京極れな イラスト/獅童ありす
幼い頃は病弱で、地方の静養地で過ごしていた淵国の公主・瑛洛。現在は都へ戻り、後宮で暮らしている。四つ上の兄・脩晟は若くして帝位に就き、大胆な改革を行って人心を集めたものの、政敵は多い。そんな彼は瑛洛へ執着し、溺愛している。ある日、貴太妃の宴で瑛洛に縁談が持ち上がる。不機嫌になった脩晟と二人きりになると口づけされ、きわどい愛撫を受け、心も身体も乱れてしまう。しかし、瑛洛には脩晟に絶対言えない秘密があって…? 配信日:2021年1月29日 


「お兄さま……」
 瑛洛が、浅い呼吸の合間にかぼそい声で呼んでくる。息が苦しそうだ。
「大丈夫か、瑛洛」
 脩晟が顔をのぞき込む。
「身体がおかしいの……、とても熱くて……」
「ああ、あの茶菓子を食べただろう? そのせいだ。おまえは薬に侵されている」
「薬……?」
 瑛洛がかすれた声で訊き返してくる。
「媚薬だよ。惚れ薬のようなものだ。食べたとたん、男が欲しくなる。おそらく精を放たねば、このまま身体に熱がこもりすぎて別の悪い病を引き起こす」
「悪い病……?」
 瑛洛の顔が、突然、不安げに曇る。
「そうだ。気の巡りも滞ってしまうから」
「治して……」
 瑛洛がいまにも泣きそうな声でこぼす。脅され、怯えた子供みたいだ。仕草もまなざしも別人のようにあどけない。
「御医を呼ぼう。中和の薬でも煎じさせてみるよ」
 効き目のある薬草があるとは思えないが。
「いや。お兄さまが、治して……」
 瑛洛がいやいやをしながら言う。薬のせいで、乱心している。
「私が治すとなると、おまえを抱くしかなくなるじゃないか」
 冗談で言ったつもりが、
「抱いて」
 瑛洛がおうむ返しにねだってくる。意味などまともに理解できてないだろう。
「それはできない」
 脩晟は目を逸らせて拒んだ。どういうわけか、いざ相手から来られると、理性が邪魔をする。
 ふだんのあの不謹慎なふるまいは、瑛洛が拒んでくれてこそ成り立つものなのだ。こんなふうに全身で受け入れられては――。
 しかし今の瑛洛に聞き分けなどありはしない。
「いやよ。抱いて、お兄さま」
 瑛洛は脩晟の襟元をつかんでせがむ。あいかわらず菓子でもせがむ駄々っ子のような調子だが、これはこれでかわいらしい。
「よせ、歯止めが利かなくなるじゃないか……」
 脩晟は瑛洛の手を優しく退けた。
 身体は一人前の娘なのだから、子供の相手というわけにはいかないのだ。
「おねがい。はやく……」
 見捨てられたとでも思ったのか、切羽詰まったようすで胸にしがみついてくる。
「瑛洛……」
 脩晟は腕の中の愛らしい瑛洛を見下ろしたまま、途方に暮れた。ふだんなら喜んで抱きしめ、口説き文句を浴びせてかわいがるところだが――。
 脩晟は手を出せないでいる自分を嗤いたくなった。
「お兄さま……」
 瑛洛はこちらの葛藤など知らず、じっとこちらを見上げてくる。
 幼女のようなあどけない表情に見えるが、瞳は濡れたような艶をはらんであきらかに欲情している。しかるべき場所にふれれば、すぐに火がつくのだろう。
 欲望が、少しずつ己の身のうちにも溜まってくる。
「熱いの……」
 瑛洛はみずから腰帯に手をかける。先に紐を解かねばならないのだが、
「ん……っ」
 短気を起こした子供のように、力任せに帯をほどこうとする。
 ふだんの瑛洛にはありえない、雑なふるまいが目新しかった。
「無茶をするな。胴が締めつけられるだけだよ」
 瑛洛の手をとって、帯紐まで丁寧に導いてやる。
「だって、身体が熱くて……苦しいの……」
 頭が回らないせいか、結局、帯紐はほどけないでいる瑛洛がつぶやく。
「お兄さま……、わたし……どうしたらいいの……?」
 瑛洛はますます追いつめられたようすで訴えてくる。襦裙を脱げないだけなのに、目に涙まで溜めている。やはり幼女のようで愛らしい。
「わかった。これをほどいて、抱いてやるから泣くんじゃない」
 脩晟は瑛洛の眦の涙をすくって優しく言い聞かせた。
 不安定になっている瑛洛をこのまま見捨てるわけにはいかない。脩晟は自分なりに腹を括った。
 おそらく情欲が満たされれば薬が抜けるはずだから、愛撫と指攻めにでもして絶頂に導いてやればいいのだ。一度、達してしまえば覚醒するだろう。
(薬を抜くだけだ……)
 自身に言い聞かせながら、瑛洛の身体を抱き上げると、そこから二間ほど隔てたところにある寝所に向かった。
 客人を泊める楼閣だから、牀榻の置かれた房室がいくつもある。それらはふだんから宦官や宮女たちの手によってきれいに管理されている。
 脩晟は、瑛洛の身体を清潔な敷布の敷かれた牀榻に横たえた。
 瑛洛はそこがどこなのかわからないのか、仰向けのまま呑気にあたりを見回している。
 脩晟は瑛洛の上に身をかさねた。
 男に組み敷かれても、瑛洛が嫌がることはなかった。むしろうれしそうにほほえみ、進んで両腕に手をからめてくる。
「私が相手で後悔しないか?」
 脩晟は瑛洛を見下ろし、変に刺激しないよう、落ち着いた声で確認をとる。
「後悔……?」
 なにを? と言わんばかりの不思議そうな表情。こういう無防備な顔つきがめずらしい。
 薬効のせいで、警戒心や羞恥心といったものがすべて失せているのだろう。つくづく、薬を抜く相手が頴文季でなくてよかったと思う。
 瑛洛は少し黙って考えていたが、にこりとほほえんで言った。
「しない。お兄さまが相手なら、なんだってできるの」
 確信しているようすだが、これから目の前の男に操を捧げるなど、露ほども理解していない無垢で無邪気な笑みだった。
 相手が兄という認識はあるらしい。そこは喜ぶべきなのか。いや、むしろ今は邪魔な事実ではないか――。
「お兄さま、はやく脱がせて……、はやく」
 瑛洛が片手を持ってせがんでくる。まるで順番を待ちきれない子供のように。
 やはり、なにをされるのか理解していない。ただ衣類を脱ぎ捨てて楽になりたいだけなのだ。
「わかったよ。では、これをほどこう」
 脩晟はするりと腰の帯紐をほどいた。それから、緩んだ襟元に手を差し入れ、襦をはだけてゆく。
 ふだん見ることのない衵服姿にどきりとした。
 それを脱がせると、心衣一枚になった。胸元と腹部だけを覆っている形だから、脇から白皙の肌がのぞく。
 まだ何者にも侵されていない清純な身体が、甘い香りをまとって誘ってくる。今にも咲きこぼれそうな花のごとく。
「これも脱ぐの」
 瑛洛が自身の心衣をつかんでせがむ。そのまま引きちぎって脱ぎそうな勢いだったので、背中の紐をほどいてやった。
 心衣がはらりと脱げて、飾り窓の隙間から差し込む光のもとに乳房があらわになった。
 張りのある瑞々しい膨らみ。薄桃色の頂がぴんと形よく立って、こちらを誘っているかのようだ。脩晟は、思わず摑んで吸いつきたい衝動にかられた。
(もう蛇の生殺し状態だな……)
 果たして瑛洛を楽にしてやるだけで済むのだろうか。自分の欲求も満たしたくなってきて脩晟は焦る。
「こっちも脱ぐの」
 瑛洛がおもむろに下肢へ手をやる。
 彼女が手探りで退けようとしているのは裙子だ。
 自分は聖人君子ではないのだ。瑛洛がここまで無防備なのに、潔癖なまま行為を続けるのは厳しいのではないか。
「それはまだいいんじゃないか?」
 脩晟は、かろうじて瑛洛の手をとって諫めた。
「どうして?」
「それを脱いだら、私が挿れたくなってしまうじゃないか」
「なにを?」
 冗談半分だったが、真顔で問い返されてしまった。
「…………」
 瑛洛はどうしても脱ぎたいらしく、じっとこちらを見つめて待っている。
 いくら寝所でふたりきりとはいえ、みずから進んで下肢を露出させたがるなど、これまでの瑛洛には考えられないことだ。
「媚薬とは恐ろしいな」
 意識の深いところまで侵されているようだ。
「……っ……」
 ふたたび瑛洛が、苦しげに大きな息をついた。
 身体に負担がかかっているのだろうか。これ以上、瑛洛を苦しめてはならない。
 脩晟はやむなく裙子の帯紐に手を伸ばし、ほどいた。
 あくまで瑛洛を絶頂に導くだけだと何度も自分に言い聞かせながら、裙子を下にずらす。
「こっちはここまでにしておこうな」
 下腹部はあらわになったが、下生えの手前ぎりぎりのところまででとどめておいた。
 身動きすればその先も見えてしまいそうだが、これならなんとかこちらの理性も保てそうだ。
 瑛洛は「うん」と頷いた。ききわけはいいようだ。
 脩晟は瑛洛の上半身に視線を戻した。
 女の魅力をほどよく詰め込んだ、男に愛されるために生まれたような身体だった。全身が熱を帯びて、欲情に息づいている。
「おまえは脱いでも美しいな、瑛洛……」
 きめこまやかな素肌にふれながら、脩晟はしみじみとつぶやく。
 それから、その火照りきった身体を愛おしく抱きすくめた。
「ん……」
 耳朶にそっと口づけると、瑛洛がぴくんと身を捩った。
 続けて瞼や首筋に口づけを落としてゆけば、
「お兄さま……、くすぐったい……」
 瑛洛がくすくすと笑って身を捩る。それこそ無垢な幼女が小動物かなにかと戯れているかのようで愛らしい。
 が、おなじだけの色気も漂う。本人に意識がないからこそ、かえって危うい。
 見ると、ふっくらとして赤みを帯びた唇がかすかにひらいて、ここにしろとねだってくる。
「次は唇だ」
 脩晟は惹かれるように唇をかさねた。
「ん………」
 はしゃいでいた瑛洛が急におとなしくなった。
 互いの唇が馴染むのを見計らって、舌を差し入れてみた。
 宴の夜の瑛洛が脳裏に甦った。あのときはほとんど怒りを込めて拒まれた。実の兄に手籠めにされそうだったのだから無理もなかったか。
 今日はこちらを拒むことはなく、すんなり応えてきた。
 ためらうことも、恐れることもなく、みずから迎え入れてくれる。
 調子に乗って淫らな舌遣いを仕掛けても、瑛洛は怯まなかった。むしろそれを進んで受けとめるのだ。昂りをおぼえて、ますます口づけを深めてしまう。
「ぁふ……」
 瑛洛の清らかな唇から、吐息がこぼれる。
 かすかに媚薬の香りが漂う。欲情を煽る甘い香りだ。